藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

リアルを追いかけるネット。

アーロン・スワーツといえば、業界のだれもが一度は耳にした天才プログラマーである。
彼が自死していたとは驚いた。
第一印象としては、自由を尊重し、平等を標榜する米国が直面する「自由と所有の矛盾」である。
クリエイティヴ・コモンズに代表される「自由派」は、いつも改革の先鞭をつける。
一方「既得権益」の守旧派は…という構図になるが、それがついにネット上で起こっているのだろう。

リアル世界では論文とか、著作権とか、またそれらの利用に関するルールも数百年を経て、一応のルール化を見ているが、ネットはそうしたものの「ある部分」をスピードで破壊したのである。
論文そのものはまだしも、それに関連する膨大な情報とか、著作権の特定できないデータとか、「量が一気に増えた」ネットの世界では既存のルールが当てはまらないことも多い。
明らかに、これまでとは「知」の利用のされ方が広がり、変わってきているのだと思う。

そして、ネットには「ハッキング」という概念がある。
リアル世界では他人の考えにハッキングして、それに影響を受け、自分のオリジナリティを編み上げるのは悪いことではない。
ネット上のデータ利用のルールについて「守られるべき秘密」と「開かれるべき知識」の明確なルールを作らねば、これからアジア始め、世界が知的生産活動を始めたら、今の特許訴訟どころではないほどの混乱を生むだろう。

今回のような「取り締まりありき」は不幸の象徴である。

「ネットの天才」の死が問いかけたもの 情報独占との闘争
2013/3/16 7:00ニュースソース日本経済新聞 電子版

今年1月、10代の頃からインターネット業界で天才プログラマーとして知られたアーロン・スワーツ氏がニューヨーク市内の自宅アパートで死亡しているのがみつかった。享年26歳。首つり自殺とみられる。開かれたネット社会を目指して行ったハッキング行為が犯罪として司法の場で裁かれている最中の出来事に、ネット業界では彼の死を“殉職”とみる意見も出ている。「ネットの天才」の死が社会に投げかけた課題とは何だったのか。

■MITのネットから論文を大量ダウンロード
 問題視されたスワーツ氏の行動は、2010年にマサチューセッツ工科大学(MIT)のネットに不正アクセスして、学術論文のデータベースから大量の記事や論文をダウンロードした1件だ。起訴されたのは通信詐欺など約10の罪状で、今春から公判が始まる予定だった。
 米メディアの報道によると最長35年の禁錮刑が下る可能性もあり、家族や友人らは、普段から鬱病に悩まされていたスワーツ氏がこうした司法の圧力に精神的に追い詰められた末に自殺したとみる。

 葬儀で息子について語った父親、ロバート・スワーツ氏は「息子は政府に殺された」と怒りをあらわにした。
 全米各地で行われた追悼集会には、スワーツ氏が10歳代半ばのころから交流を持ってきた「クリエイティブ・コモンズ著作権を保持しつつ転載や再利用を許諾、作品の流通や他者との共同作業を促進する考え方)」の推奨者である米スタンフォード大学ローレンス・レッシグ教授や、「ウェブの生みの親」と呼ばれる英国人ティム・バーナーズ=リー氏などが顔を連ねた。

■10歳代から「神童」として頭角
 また、かねてスワーツ氏が唱えていた「情報への自由なアクセスこそ理想」という意見に賛同する若者も多く詰めかけた。
 スワーツ氏はシカゴ市出身。父親がソフトウエア会社を経営していたため、幼い頃からパソコンやインターネットに触れて育つ。13歳で優秀なサイト制作者に送られる有名奨学金を獲得、ネット業界の専門家の間で「神童」として知られるようになる。
 その後、14歳でサイトの更新情報などを簡単にまとめて配信する「RSS」技術の開発に参加、19歳で創業した企業はニュース収集サイトの先駆け的存在「Reddit(レディット)」と合併する。

■「開かれたネット社会」の実現に情熱
 スタンフォード大学を約1年で中退した20代のスワーツ氏は「開かれたネット社会」の実現に情熱を傾けるようになる。22歳の時に書き上げた「ゲリラオープンアクセス宣言」では、「情報を独占しようとする人こそ強欲」と述べ、より多くの人に知識の“私有化”に反対する活動に参加するように呼びかけている。

今回のスワーツ氏の事件が社会に投げかけた問題点が3つある。
 第1に、学術論文は誰のものかという疑問である。
 スワーツ氏の友人である大学研究員が米雑誌のインタビューで語ったところによると、「6ページの論文に20ドルってひどすぎる」という議論をスワーツ氏と交わしたことがあるという。
 ゲリラオープンアクセス宣言のなかでも、同氏は「研究者が同僚の学術論文を読むのに多額の料金を払うのはおかしくないか?先進国の名門大学が科学論文を独占して、途上国の子供たちから隠しているのはおかしくないか?」と述べ、高額の論文閲覧料を問題視している。

■ネット上の知識・情報は誰のもの
 同氏は研究成果はどんどん公開されることで、さらに新たな発展が生まれると信じていた。目先の少額の利益に縛られるべきではない、と訴えていたのである。また、最近では研究者の間でも、政府の助成金などの公的資金で行われた研究論文を有料で公開するのはおかしいとの意見が出始めている。スワーツ氏の死後、論文を管理するデータベース企業や大学の間で、論文公開の1部無料化を検討する動きなどが出ている。

 2点目は、米国では著作権侵害が被害者の訴えが必要のない「非親告罪」となっていることだ。
 スワーツ氏はハーバード大学研究員の肩書を持っており、ダウンロード先の論文データベースのアクセス権を持っていた。「盗んだ」わけではない。また、ダウンロードした記事や論文を一般公開したわけでもないので、実害もない。そのため、同データベースはスワーツ氏に対する訴えを11年に取り下げていたのである。
 それでも、MITの所在地であるマサチューセッツ州の検察当局は起訴に踏み切った。
スワーツ氏は生前、「情報への自由なアクセス」を主張していた(1月15日、イリノイ州ハイランドパークでの葬儀)=AP
 スワーツ氏の死去を受けて、論文データベースを運営する非営利団体は「スワーツ氏は才能豊かな若者だった。ダウンロードした情報はすべて返還されており、スワーツ氏との間にわだかまりはない。こんな結果は望んでいなかった」との文章をサイトに載せた。
 専門家の間では、今後は実害のあったケースや強い悪意に基づくケースと、スワーツ氏のような「実験的な行動」は分けて考えられるべきだ、との意見も出ている。
 また、環太平洋経済連携協定(TPP)に著作権侵害非親告罪化が含まれるとの観測もあり、今回のスワーツ氏のようなケースが今後日本でも発生する可能性が出ている。

■社会はハッカー文化と調和できるか
 第3に若者のハッカー精神とどう対峙すべきかという問題だ。
 大人世代には後ろ暗いイメージのある「ハッカー」というと言葉だが、ネットに精通した若年層では必ずしも否定的な意味合いはない。むしろ「開かれたネット社会の立役者」「限界に挑戦する人」といったニュアンスが強い。
 世界最大の交流サービス(SNS)「フェイスブック」を創ったマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)も「ハック」「ハッカー」という言葉を好んで使う。“ハッカー”出身のネット起業家は少なくない。
 政府がハッカーに対して、サイバーテロや機密情報の流出の可能性を本気で懸念しなくてはいけない現代社会。一方で、「知識を共有するのは罪じゃない。企業に独占させるな」と訴えて学術論文を手にいれたスワーツ氏。性質の全く異なる2つのハッカーをどう法律で裁いていくのか。国家は難しい課題に直面している。
(ニューヨーク=清水石珠実)