藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

マスコミの過渡期

asahi.comより。
STAP細胞の騒動後記。

センセーショナルな女性研究者のデビューに端を発し、その後の話題はいわゆる「第三セクター」の在り方とか、官僚の態度とか、そして男女の格差とか、そしては「メディアの姿勢」についてまで、実に一通りの大きなプロセスをたどっている。

特に今回スポットを浴びているのは理研という独法の運営、つまりは行政の在り方問いのか一つ。
そして「女性研究者」ということに改めて衆目が集まったことについての是非、という風に読み取れる。

つまりこうした問題は常にいくつかの原因を抱えているわけで、決して「男女の問題」とか「官僚の問題」ということだけでは片付かないのである。

最近の日本はこうした「重大な要素の問題」が、意外にあっさりと片付けられてしまうことが多い。
今回の問題も、早くも「組織としての肯定か否定か」というような二元論で片付けられつつあるようだが、研究所のそもそもの在り方とか、さらに報道陣はどうあるべきか、とか反省の課題は多い。

インターネット全盛の時代、ますますメディアはその存在意義を問われている、とするならば既存勢力の意向を汲んだ報道から、いち早くオリジナリティを出す方が生き残るには賢明ではないだろうか。

独自の報道、独自の解釈こそがユーザーの欲していることだと思うのである。

女と男、STAP騒動から考えた 隠れた意識が働くとき
岩本美帆、編集委員・高橋真理子

2014年7月9日12時11分

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写真・図版女性の人生と属性と

 今年1月28日、神戸市の理化学研究所。無機質な設備が並ぶ場所での記者会見は、普段と全く違う華やかな雰囲気に包まれていた。

 カメラの前にいるのは、小保方晴子氏(30)。アイラインを強調したフルメークに巻き髪、指にはゴールドの大きな指輪。いやが応でも目をひく、とそこにいた記者は感じた。

 彼女が立ち上がると、ひざ上丈のフレアスカートがふわりと揺れ、フラッシュが一斉にたかれた。歴史に残る大発見をしたのは「若くてかわいらしい女性」だった――。

 一連のSTAP細胞問題は、ワイドショーも連日取り上げ、みんなの関心の的になった。なぜあれほど人々をひきつけたのだろう。

 STAP細胞の真偽のせいばかりではない。彼女個人に対する関心が非常に高かった。それは誰の心にも眠る「意識の底にあるもの」のためではないか。

 人は時に性別や年齢、容姿といった属性だけで判断を左右してしまう。あるいは利用し、消費する。眠っているときもあれば、表に顔を出すときもある。人々の思考に大きな影響を与えている。

 最近では、都議会や国会でのヤジ騒動もあった。問題となったヤジは明らかな偏見だ。普段は口に出して言わないものが、不規則な形で表出した。

 「女が生きる 男が生きる」というこのシリーズを始めるにあたって、この「隠れた意識」に向き合いたい。それを自覚することが、誰もが生きやすい社会を実現する最初の一歩になるかもしれないと考えるからだ。

 まずは、STAPフィーバーを見た女性科学者の話から始める。(岩本美帆、編集委員・高橋真理子)

■女性のリーダー、なぜ少ない

 STAP報道を見て、名古屋大学大学院生命理学専攻の佐々木成江准教授は「ようやく女性研究者の活躍が目に見える形で出た」と喜んだ。同じ専攻に4人の女性研究者がいる。報道後、地元テレビから「理系女子(リケジョ)の活躍を取材したい」と依頼された。

 森郁恵教授は即座に応じた。「女性研究者で脳研究拠点を作る計画があり、リケジョブームを利用しようという気持ちがあった」と正直に打ち明ける。

 取材を受けた森さんと佐々木さんはカメラの前で「画期的な成果」と褒めちぎった。論文不正が明らかになると、2人は「科学者として反省しています」。

 このせいばかりでなく、番組はいささか後味の悪いものになった。子育てと両立する大変さがことさら強調されていたからだ。

 10歳の娘がいる佐々木さんは「こうやって、女性が社会進出できない理由が子育て問題に落とし込まれる。(組織の意思決定をする)幹部に女性が少ないことが根本問題なのに、そこに目が向かない」と嘆く。

 森さんは番組で「結婚も出産もせずにきた」ことがクローズアップされた。1998年に名大助教授になり、2004年に教授に昇格した。「紅一点」状態が変わったのは07年。女性を増やすという国の方針もあり、名大が「女性に限る」公募を始めてからだ。

 体内時計研究で朝日賞を受けた近藤孝男・名大特任教授は「通常の公募の時は低かった応募女性の研究レベルが、女性限定にしたらガンと上がった」。

 なぜだろう。公募に応じ、11年に36歳で教授になった上川内あづささんは「『女性のみ』という条件は、応募する気持ちを後押ししてくれた。その条件があることで、自分を候補として認識したと思う。それがなければ、公募情報を見過ごしていたかもしれない」という。これまでの男性中心の採用状況から「応募しても無駄」と、挑戦する前にあきらめてしまう女性が少なくないことをうかがわせるエピソードだ。

 日本の女性研究者比率は14%。米国の34・3%の半分にも満たない。准教授、教授となるにつれて女性比率は下がる。名大でも女性教授は47人、7・2%だ。

 92年に理系で初の東大教授となった黒田玲子東京理科大教授は、昔は露骨な差別があったと言う。「公募で東大助教授に選ばれた時は、女に男の学生を教えられるのかと言われた」

 今はそんなことを誰も言わない。だが、女性リーダーは少ない。女性限定の公募が必要なのは、日本がまだ過渡期にあるからだ。



■ずさんな採用、差別と同根

 STAP細胞の研究不正を検証した、外部の有識者でつくる改革委員会(岸輝雄委員長)は、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(CDB)の小保方晴子氏の採用を「信じ難い杜撰(ずさん)さ」と指摘した。

 過去の論文を精査しないなどさまざまな手続きを省略、人事委員会の面接だけで内定したからだ。改革委のメンバーの一人は「理研から見せてもらった書類を総合すると、間違いなく普通ではない人事のやり方がなされたと言える」。

 人事の焦点が、STAP細胞という大発見の可能性にあったのはもちろんだ。しかし採用に加え、その後の論文のチェックの甘さなどには、彼女の年齢や容姿が影響した、と複数の委員は見る。「50〜60代の男性研究者は(若い女性に)免疫がない。若さやかわいさが大きな要因になっていた」。ある委員は語った。

 CDBには高橋政代氏ら女性の研究室主宰者(PI)が6人いる。32人中19%を占めるが、採用担当の人事委員会の委員7人は全員男性だ。2012年のPI公募で、47人の応募者からの採用は女性2人、男性3人。採用審査には通常賛否両論が出るが、小保方氏の場合は全員が賛成した。

 採用側に女性がいたら? ある委員は「女性、たとえば高橋(政代)さんらがいたら(採用段階で問題点を)見抜けたかもしれない」という。当の高橋氏は「かわいい小保方さんじゃなかったら、ずいぶん経過は変わっていただろう」と4日の記者会見で語った。

 改革委の岸委員長は、調査を通じ「男性が女性をフェアに扱っていないと感じた」という。自分自身の研究生活でも、女性の同僚はほとんどいなかった。今回の改革委には2人の女性がいたが、「2人は、審査なしで採用するのは女性を侮辱していると、男性たちに怒っていた」と話す。女性の登用を増やす措置は必要だが、ずさんな審査での特別扱いは別だ。「隠れた意識」はここでは、特別扱いに形を変えた。差別と同根と言えるかもしれない。

 委員の市川家國信州大学特任教授はこう言った。「振り返ってみれば、女性を対等に扱わない日本の文化が、一連の経過のすべてに表れたようにも見える」



■人物像の報道、どこまで必要

 今年5月。予備校講師の林修氏がキャスターの番組に、朝日新聞のデスクが出演した。林氏はSTAP騒動の報道について「すごいニュースだが、かっぽう着などは不必要な報道だったのでは?」と質問した。

 報道を振り返る。STAP細胞発見を知らせる1月30日の新聞では、全国紙すべてが理研が公開した研究室での、小保方氏のかっぽう着姿の写真を載せた。

 科学というとっつきにくい分野に読者に関心をもってもらうため、人物に焦点をあてるのは工夫の一つだ。翌日からはテレビ、週刊誌をはじめ、STAP細胞そのものより、小保方氏自身や人物に焦点を当てた記事や番組も増えていく。

 捏造(ねつぞう)疑惑が持ち上がり、小保方氏が開いた4月9日の記者会見を報じた記事で、新聞各紙は写真を大きく扱った。9日の夕刊最終版は各紙すべてが1面に潤んだ目でマイクを持つ小保方氏のアップ写真を掲載。多くのテレビ局が小保方氏の会見を生中継した。

 朝日も地方に配達する10日付の朝刊の締め切りの早い版(東京本社発行)では、社会面トップ記事に彼女のさまざまな表情を追った4枚の写真を据えた。しかし、社会部の女性記者(31)は「これって男目線じゃないですか」と再考を求めた。様々な世代の男性からも異議が上がった。

 一方で、2時間半の会見では、最大の当事者である彼女がどのような表情をするのかも注目された。それを伝えるのは新聞の役割で、止めるのは変な抑制という議論もあった。結局、東京本社では小保方氏の姿を遠景で撮った写真1枚に差し替えた。



     ◇

■活躍する女性への思い込み

 《武田徹恵泉女学園大教授(メディア論)の話》 一般に先端科学は報道で伝えるのが難しい分野だ。図解しても、直感的にわかりにくい。科学者の人となりを紹介して興味を持ってもらうやり方はある。iPS細胞を開発した山中伸弥京都大学教授の時も、「マラソンが趣味」といった報道があった。

 だから、当初、小保方さんの人となりの報道に重点が置かれたことは仕方がない面もある。メディアは「読者はこれだったら見てくれるだろう」というものを報道する。実際、閲読ランキングでもそういう記事が上位になる。

 しかし、小保方氏の顔や容姿の写真が大きく何枚も報じられ続けたのはやはり異例だった。それは「若い女性」が科学技術の世界にいて、ああいう成果を出すことが意外に感じる。そういう文化に私たちが生きているからだ。こんな若い女性が、こんな発見をするはずがない。最先端を競う科学の世界に「女子力」を強調するような人がいるのは意外だ――。そう思い込んでいるからだ。意外さが興味を引くと考えてメディアはそれを強調した。

 本当は意外でも何でもない。根拠のない思い込みだ。戦後の日本では、仕事を持つ女性が増えるなか、男性社会で頭角を現す女性は男っぽく、プライベートを犠牲にしているとのイメージが作られてきた。小保方氏はそのイメージから外れていたから意外に思われたのだ。イメージ作りでは、マスメディアもいわば一蓮托生(いちれんたくしょう)の共犯関係で、相当気をつけないと、その文化に乗っかって報道してしまう。(聞き手・伊東和貴)

     ◇

■「隠れた意識」に向き合いたい:担当デスク・秋山訓子

 2月2日の朝日新聞3面(東京本社版)「キスでお目覚め『お姫様細胞』」。STAP細胞の作り方を説明した小保方氏自身の言葉に着目したものです。紙面内容を決めるデスク会に出ていた私は、若くてかわいい女性だからこその取り上げ方のように感じました。が、口にしませんでした。

 私の所属は政治部、男性中心の職場です。東京本社も、デスク会に出席する女性は1割未満。言っても無駄と最初からあきらめていたからです。心にずっとそれがひっかかっていました。

 今回、「隠れた意識」をテーマにしました。社内にもいろいろな意見があります。この問題はそう単純ではありません。だからこそ取り上げることにしました。これから年間を通じて、女性男性を通じたさまざまな視点から、社会を切り取っていきます。



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