藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

言うは易し。

認知症の人が入院したら「3割の人」が拘束を受けているという。
経管栄養のチューブが何本も繋がれているのも痛々しいが、ミトンの手袋とか拘束衣などは見ているだけで苦しい。

「身体拘束ゼロ」自体を目標にするのではない。患者に関する情報を集め、分析し、なぜ、問題となる行動を起こすのかを明確にする。
環境の変化への不安や、チューブへの違和感が問題ならば、解消できるよう柔軟に対応を変える。
結果として、身体拘束が減っていく。

自分は虫垂炎で入院していた時、高齢者病棟に数日泊まっていたことがある。
夜中にトイレに行く時には、廊下に響く各病室からのうめき声に恐怖した。

カーテンの合間から手を出して手招きをする人。
ベッドから降りて這い出そうとして、紐で縛られた足首に気づかずにもがく半裸の人。
「出してだしてぇぇぇ」とか細い声で、檻のようなベットの柵の間から両手を突き出す人。

身体拘束ゼロ、というのは現場を知っていると「並大抵のこと」ではないことがわかる。

患者に関する情報を集め、分析し、なぜ、問題となる行動を起こすのかを明確にする。

それでも、こういうことをして行くのが本物の介護なのだと思う。

IoT技術やAIなどがこうした分野で役に立つ日が必ず来るだろう。
認知症の原因を探る人工知能、は役に立つに違いない。

認知症の入院患者に身体拘束「やむを得ず」…絶えないトラブル、少ない人員、病院の苦悩
 認知症の人が病気やけがの治療で一般病院に入院した際、事故防止を理由に手足などを縛られる身体拘束。入院患者のほぼ3割が拘束を受けているとの調査結果もある。医療現場の苦悩と改善への動きを報告する。

午後7時を過ぎても、2階と3階の病棟はざわめいている。東京都内の約60床の一般病院で、当直の院長に同行した。患者は70歳代後半から90歳代が中心だ。入院の理由は様々だが、認知症の人が多く、4人に1人は何らかの拘束を受けている。

2階の4人部屋に入ると、肺炎で有料老人ホームから移ってきた認知症の男性(78)が、機嫌よく話しかけてきた。「さっきビールを飲んだ」「外で弟が待っている」。院長が、男性がかつて労働組合の役員だったことに話題を振ると、男性はつながらない内容をうれしそうに連ねていく。

男性の胴はベルトでベッドに固定されている。ベッドには柵がはめられ、自分では下りられない。尿道にチューブが入っているため、服の中に手を入れて引き抜かないよう、上下がつながった服を着る。点滴する時は左腕。利き腕の右の手首はひもで柵に縛られる。熱は下がり、退院の日は近い。

 院長の当直は月8回ほど。当直医は1人で、救急車も受け入れる。夜間の病棟の看護師は各階に1人ずつ。看護助手は2人ずつの体制だ。

入院患者のトラブルは一瞬で起きる。転倒して打撲や骨折をしたり、点滴チューブを引き抜いて服が血まみれになったり、ベルトで胴を拘束されたのに、すり抜けて、ベッドから出て転んだり……。

「助けてくれー」「外してくれー」。暴れる患者を拘束しようとすると、そう叫ばれることがある。興奮が収まらない場合は、睡眠剤を注射して眠ってもらう。身体機能が低下した高齢者は薬の成分が朝まで残り、ふらついたり、食欲が落ちて朝食も薬も口にしなかったりするなどの悪循環も起きる。それでも、身体拘束を行わざるを得ない。これも病院の一面なのだ。

院長は研修医時代、勤務先の約300床の病院で、認知症の人への身体拘束の多さに驚いたという。以来、医療界の「拘束はやむを得ない」という認識は変わっていないと感じている。

拘束によって身体機能がさらに弱り、「自分で徘徊(はいかい)できた人ができなくなる。自分で転べた人が転べなくなる」のを見るのはつらい。認知症の人は、認知機能は低下しても、「嫌だ」「悲しい」といった感情は残っている。拘束は強いストレスになる。生命維持に不可欠な時以外、拘束はできる限り減らしたい。だが、その実現は難しいと思う。
過失問われる訴訟
 9月、病院で起きた入院患者のトラブルは31件。珍しく事故に至るケースはなかったが、これまでには転倒による大腿(だいたい)骨骨折や脊椎圧迫骨折事故も起きた。見守りを徹底しても、少人数では限界がある。病院の経常利益率は一般的な3〜5%。看護師を増やす余裕はない。

看護師から「罪悪感がある」「身体機能が落ちないか不安」「家族から同意を得ても、認知症の患者本人が理解しておらず、胸が痛む」などの声も届く。

「病院内での事故は許さないという患者の家族や社会の意識が、拘束は必要だという医療現場の判断を後押ししている」と、院長は言う。

医療界には、家族側から損害賠償訴訟を起こされれば過失責任を問われるという認識がある。実際には、勝訴、敗訴それぞれのケースがある。ただ、家族側の主張を退けたある判決で、「適切に拘束をしていたため、転倒事故は病院の注意義務違反ではない」とする見解が示されるなど、裁判が過失の有無を問う以上、病院は拘束を重視せざるを得ない状況もある。
「拘束して申し訳ない」医療者と家族、思い共有を
 一部だが、院長が、言動に違和感を覚える家族もいる。「縛っていい。それで動けなくなれば在宅介護が楽になる」という家族。寝たきりに近い患者について、「退院させるなら自分でトイレに行けるように治してほしい」と、無理な要求をする家族にも会う。

誰もが老い、認知症になりうる。認知症の人に対する冷たい視線は、数十年後の自分に向いていることを知ってほしい。

病棟の夜が更けていく。病棟はまだざわめいている。フラフラとトイレに向かう人。手にはめたミトン型の手袋をしきりにさわる人。院長の巡回は続いた。

「患者さんに対し、拘束して申し訳ないと思う。その気持ちを医療者と家族、社会が共有することが、問題を改善するためのスタートではないか。不必要な拘束を減らすことは何より患者さんのためなのだから」と、院長が言葉を継いだ
患者の情報知り「縛らない」
 美原記念病院(群馬県伊勢崎市、189床)は今年4月、身体拘束を可能な限り減らす病院改革に乗り出した。成果をあげている同病院の取り組みを追った。

9月中旬、脳梗塞(こうそく)で左半身にマヒが残る県内の女性(85)が、別の病院から同病院の回復期病棟に転院してきた。夫(85)と2人暮らし。認知症もある。

前の病院の急性期病棟に入院した2週間、女性は、ベルトで胴をベッドに固定されていた。動くからと両手をベッド柵に縛られた。点滴のチューブを抜いたことがあり、右手にミトン型の手袋が追加された。

転院先でも拘束がそのまま続くことは少なくない。だが、美原記念病院は、医師、看護師、リハビリ担当者、管理栄養士、社会福祉士らが女性の状態を丁寧にチェックし、拘束の必要性を改めて検討した。

車いすからベッドに移る時、両足で立てる。体の自由を奪わず、この身体機能を維持してほしい。チューブをつけられた不快感を和らげれば、引き抜かないのではないか。専門家たちの目を総合し、前の病院からの引き継ぎ内容より、女性の実際の状態がよいことを確認した。

検討に加わった全員が女性の病室を訪ね、女性と夫にあいさつした。「当院では縛りません」と伝えると、夫は「ああ、よかった。今まで縛られてずっと動けなかった」と安心した。

女性は、昼間は車いすなどで過ごし、ベッドに寝たままでいることが少なくなった。昼間に起き、夜に眠る生活のリズムも整った。女性には看護師らが常に目を配る。夫は、妻の表情に明るさが戻り、回復が進んでいくことを実感した。

事故で安全対策優先も
 美原記念病院は以前、身体拘束を減らすことを目指した。しかし、2008年のある夜、事故が起きた。ナースセンター内で、車いすにベルトで固定された70歳代の男性患者が、ベルトを外そうとして、テーブルの上のライターを手に取り火をつけた。全身やけどとなった。

その後、看護部は安全対策を優先し、拘束を強化した。同年に3%だった全体の拘束率は、17年8月には15.6%にあがった。

この状況に、看護部長の高橋陽子さんら多くのスタッフが危機感を抱いた。「拘束は何のために行うか」が、院内で議論された。患者の安全のためという理由で拘束することが、実は自分たちの「安心感」になってはいないか。
患者の不安や違和感解消
 拘束削減の先駆的存在である金沢大学病院(金沢市、838床)にスタッフを派遣し、その実践に学んだ。かつて一般病棟と精神科病棟で、多い月は拘束帯やひもを10人弱の患者に使っていたが、16年2月、使用ゼロを達成した。11月以降はミトン型の手袋も使わなくなった。

その方針は明確だ。「身体拘束ゼロ」自体を目標にするのではない。患者に関する情報を集め、分析し、なぜ、問題となる行動を起こすのかを明確にする。環境の変化への不安や、チューブへの違和感が問題ならば、解消できるよう柔軟に対応を変える。結果として、身体拘束が減っていく。

「患者さんに関心を持つこと、患者さんを知ろうとすることにつきる」と、スタッフを派遣した高橋さんは結論づけた。
病院改革で拘束率15.6%→1.6%…看護師、仕事に誇り
 今年4月に始まった美原記念病院の改革では、病院全体の研修会や日々の事例検討会を重ね、拘束を減らした成功事例を集め、共有した。暴れることが多い患者でも、眠っている時間、点滴をしていない時間など、少しずつ拘束を減らすうち、全ての拘束を外したケースもあった。

現場は、専門研修を受けた院内の認知症ケアチームと緊密に連携した。一人でトイレに行く際の転倒などトラブルや拘束の原因になりやすい排せつのケアも徹底させた。拘束をしている患者については、その必要性を日々評価した。

15.6%だった患者の拘束率は、9月には1.6%に。事故はほとんど起きず、事故には至らないトラブルも月300件前後で一定している。拘束を減らしても、事故は増えないことが裏づけられた。8月には、3日間、病院全体で全く身体拘束をしない日が実現した。

当初は不安を抱えていた看護師たちも、仕事に誇りを持つようになった。

退院を目前に、女性の夫がしみじみと話した。「身体拘束を解かれた妻は、ずっと朗らかだった。体の自由を得ることがこんなに人を変えるなんて」と。

(医療部・鈴木敦秋)