藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

政治と社会と、だから小説。

(高坂正堯氏に)
亡くなる前の1995年、私が総領事を務めた米アトランタで、『日本存亡のとき』に署名していただきました。
失いかけた情熱を冷戦構造の崩壊を機に取り戻し、精力的に活動されていました。
「21世紀は間違いなく中国の時代だ。
中国が自身をどう位置付けるかという自己認識の問題でもある。
それは日本にとって大事で、若い人たちには今から考えてほしい」。

「中国が自身どう位置付けるかという自己認識の問題でもある」。
今大国が互いに揺らし合っているが、まさに「自分のこと」と「他国のこと」をどう考えるかということが問題になっている。

次代が分かっている人はいるものなのだ。

さらに続く。
現代中国の読み解きだ。

専門の中国では、岡部達味の『中国近代化の政治経済学』が手元にあります。
科学的に分析した私の教科書です。
それまで毛沢東礼賛か、共産党の徹底批判ばかりでした。
権力の意味が我々の社会に比べはるかに大きく、必然的に権力追求になることが分かります。

中国を知るには、やはり四千年の「あらまし」をしら必要があるようだ。

旧日本軍人らは孫子の兵法を語りましたが、それは技術にすぎない。
中国社会は道教的な筋が通った「義」で動き、そのためなら喜んで命を捨てます。
一方、儒教は社会の上澄みのエリート層が掲げる価値観にすぎない。

外交を知るとか、外国のことを知るというのは、その国のルーツをきちんと学ぶことでもある。
いわんや、自国の日本のことだって、自分たちはろくに知らない。

ソ連課勤務の際、課長の丹波實がソ連理解には読むべきだと推したのが、ウラムの『膨張と共存』、キッシンジャーの回想録である『キッシンジャー秘録』、ドイッチャーの「トロツキー伝」です。
『膨張と共存』は卓越したソ連分析です。匹敵する重厚な中国の分析書は見当たりません。

上っ面の四島変換とか地位協定などと言っているよりも、理解しておきたいことが根本にはあるようだ。
今からはそういう勉強が必要なのではないだろうか。

日中関係学会会長 宮本雄二氏 悠久中国 社会構造を知る

 「国際政治はその社会と離れて存在しない。雰囲気を理解するには、その時代を代表する小説を読むべきだ」と諭され、目が開かれた。

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京都大時代の恩師で国際政治学者、高坂正堯の言葉です。当時は助教授で、既に著者『海洋国家日本の構想』で知られていました。東大安田講堂が占拠されるような時代でしたが、学部を超えた有志による週1回の私的勉強会を続けました。小説には興味がなかったのですが、かなりの数を読みました。モーパッサンの『女の一生』、ヘッセの『車輪の下』……。恩師には歴史書を読むようにも勧められました。
亡くなる前の1995年、私が総領事を務めた米アトランタで、『日本存亡のとき』に署名していただきました。失いかけた情熱を冷戦構造の崩壊を機に取り戻し、精力的に活動されていました。「21世紀は間違いなく中国の時代だ。中国が自身をどう位置付けるかという自己認識の問題でもある。それは日本にとって大事で、若い人たちには今から考えてほしい」。現代に通じる言葉を覚えています。
専門の中国では、岡部達味の『中国近代化の政治経済学』が手元にあります。科学的に分析した私の教科書です。それまで毛沢東礼賛か、共産党の徹底批判ばかりでした。権力の意味が我々の社会に比べはるかに大きく、必然的に権力追求になることが分かります。
 中国の社会構造への深い理解を助けたノンフィクションがある。
外交官は現実の社会に入り込みにくい。現地で語学を学ぶ若き研修生の頃だけです。ある時『馬賊戦記』に出合い、目を開かれました。日本人なのに10代で旧満州中国東北部)に渡り、馬賊の大頭目に上り詰めた小日向白朗の物語です。当時は村の長の連合体が民を守る馬賊頭目を選び、その上に道教の寺を頂点とするネットワークがある。「チンバン」など結社が絡む暗殺劇もあります。馬賊の大活劇から社会の根幹が手に取るように分かります。
旧日本軍人らは孫子の兵法を語りましたが、それは技術にすぎない。中国社会は道教的な筋が通った「義」で動き、そのためなら喜んで命を捨てます。一方、儒教は社会の上澄みのエリート層が掲げる価値観にすぎない。この構造は現代中国社会の底流にもあります。あるとき、旧日本軍と利害がぶつかり、馬賊は解散に追い込まれます。小日向は、成長過程の中国共産党八路軍馬賊と似た民衆の支持を得た軍隊だと見抜き、あてのない者には「八路に行け」と言います。興味深い話です。
 『西遊記』では天界にコネを持たない妖怪は食われてしまう。
悠久の中国社会を知るには『西遊記』ほどの古典はありません。中国の友人の勧めで長い物語を昨年、読破しました。子供向けというのは全くの思い込み。天界、妖怪の世界の秩序を時にグロテスクに描いています。古代から中国では生き残るにはコネが必要でした。悟空はもとは破壊者でしたが、タガをはめられ体制を支える側に回る。まさに中国社会学のテキストです。
外務省に入った頃、教えを受けた国際政治学者、衛藤瀋吉に勧められた「石光真清の手記」も忘れられません。石光は日清戦争に従軍した軍人で、ロシア戦に備えてシベリアや旧満州を舞台に諜報(ちょうほう)活動を担う。明治の頃、貧村の若い女性が大陸で身をひさぐ「からゆきさん」の歴史も描かれています。彼女らの国を愛する心にも打たれました。
ソ連課勤務の際、課長の丹波實がソ連理解には読むべきだと推したのが、ウラムの『膨張と共存』、キッシンジャーの回想録である『キッシンジャー秘録』、ドイッチャーの「トロツキー伝」です。『膨張と共存』は卓越したソ連分析です。匹敵する重厚な中国の分析書は見当たりません。
キッシンジャーの回想録は外交官の教科書でありながら、学者として紡ぎ出した秩序だった世界を描いた面があります。実際の外交は行き当たりばったり。想定外ばかりで軌道修正を迫られます。天安門事件ソ連崩壊……。どれも突然起きます。混乱の中、政策を決めねばならない。国内政治を見つつ、ある程度、ヤマ勘で判断する。現実は大きく違うのです。(敬称略)
(聞き手は編集委員 中沢克二)
【私の読書遍歴】
『日本存亡のとき』(高坂正堯著、講談社)。旧ソ連崩壊、冷戦終結で世界が揺れ動く中、日本が歩むべき道を卓越した国際的な感覚で示唆している。
『中国近代化の政治経済学―改革と開放の行方を読む』(岡部達味著、PHP研究所
《その他愛読書など》
(1)『』(上・下、朽木寒三著、ストーク
(2)「新編・石光真清の手記」(全4巻、石光真清著、中公文庫)
(3)『』(全10巻、中野美代子訳、岩波文庫
(4)『膨張と共存―ソヴエト外交史』(全3巻、アダム・B・ウラム著、鈴木博信訳、サイマル出版会
(5)『キッシンジャー秘録』(全5巻、ヘンリー・アルフレド・キッシンジャー著、斎藤弥三郎訳、小学館
(6)「トロツキー伝三部作」(アイザック・ドイッチャー著、田中西二郎ほか訳、新評論
みやもと・ゆうじ 1946年生まれ。69年京大法卒、外務省入省。ミャンマー大使、中国大使などを歴任し2010年退官。宮本アジア研究所代表、日中友好会館会長代行。