藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

多数精鋭。

 
*[経営]プチ・イノベーションを起こせるか。
日経クロストレンドより。
人事制度ほど流行り廃りが激しく、それでいて未だ定まった制度がない分野も珍しい。とは言っても周囲の時代とともに変わるものだから致し方ないのだろう。
ニトリの人事制度が「入社から70歳までのキャリア設計図(エンプロイージャーニーマップ)」を導入して退職者ゼロを実現しているという。
その効果はまた現場にもプチ・イノベーションを起こすという。
当初は希望していない部署でも、優秀な人材を配置すると、トラックの積み下ろしや品出しなど、大きな変化が期待されていなかった単純作業こそがどんどん進化していきます。
人にとっては「先が見えていること」がいかに大事なのか、と改めて痛感する。
 
これは技術的にそれほど複雑な制度だとは思えないが、ただし「人を大事にしている」仕組みであることが分かる。
会社の理念、と働く人の希望、と仕事のベクトルを丁寧に合わせていく作業だと思うが、どうしてこれがなかなか実現しないのです。
教育の世界は実に奥深いものだと思う。
(以下長いですが引いておきます)
 
ニトリ、新人退社をゼロにした「マーケ視点」の人事
 
2019年10月10日 2:00

 
永島 寛之(ながしま ひろゆき)氏
ニトリホールディングス組織開発室室長、人材教育部マネジャー
1998年東レ入社。2007年にソニー入社。ソニーラテンアメリカ(米国フロリダ)赴任。米国出店を果たしたニトリに興味を持ち13年ニトリホールディングスに入社。店長、採用教育部マネジャーを務めた後、19年から現職。従業員の成長を起点としたタレントマネジメントをテクノロジーで構築することに全力投入中。教育のテーマは「越境好奇心」。

日経クロストレンド

商品開発から店舗運営、ECまで隙のない強さを発揮するニトリホールディングスは、増収増益を32期連続で維持している。この成長に重要な役割を果たしている部署が組織開発室だ。一般的な企業で言えば人事部にあたるが、ここに「マーケティング視点」の導入を進めているのが室長の永島寛之氏。創業者で会長を務める似鳥昭雄氏が作り上げた社風を生かしつつ、「多数精鋭」を実現する「エンプロイー・ジャーニーマップ」とはいったいどのようなものなのか。

 
ニトリホールディングスの売上高推移

 
ニトリホールディングスの営業利益推移

エンプロイー・ジャーニーマップとは?

――組織開発室で導入を進めているエンプロイー・ジャーニーマップについて教えてください。
 
永島寛之氏(以下、永島) ニトリでは70歳から逆算し、10年ごとにどの部署でどんな仕事を担当したいかという人生設計を年に2回、すべての社員に自分で書き出してもらっています。これが「エンプロイー・ジャーニーマップ」です。
 
考え方のベースとなっているのは、商品・サービスの認知から購入、そして他人への推奨までの流れを示す「カスタマー・ジャーニーマップ」です。私はマーケティング畑を歩いてきた人間で、そのとき意識していたのが「商品に満足した人は、たとえ購入しなくても次の顧客を呼んでくる」という考え方です。カスタマー・ジャーニーマップは、その満足を得るための筋道をデザインします。
 
エンプロイー・ジャーニーマップも同じように、キャリアを構築するうえで、多くの社員が満足する筋道をデザインし、マップとして視覚化したものです。簡単に言えば、自分で描くキャリアの設計図ですね。

 
エンプロイー・ジャーニーマップの考え方。採用から入社、70歳の退職まで「配置転換」「ロマンとビジョンの見直し」「ライフチェンジ」を繰り返しながら「ロマンとビジョンの達成」を目指す。「人事が採用からロマン達成まで、本人の状態を見ながら個別に教育や配転の機会を提供しています」(永島氏)。また、ニトリ大学と呼ばれる教育体系に基づいて研修とeラーニングを用意し、理論の習得に役立てている(ニトリホールディングスの監修の下、日経クロストレンド編集部が制作)
――エンプロイー・ジャーニーマップの導入時期は。
 
永島 20年以上前から、自分が将来行きたい部署を入社から5年刻みで会社に申告する制度があり、その情報に基づいて配置転換を行ってきました。社会課題の解決を最終ゴールとして、そのためにどのような経験や学習をしたいかという申告に変えたのが、3年前のことです。これがエンプロイー・ジャーニーマップに徐々に進化しました。
 
――エンプロイー・ジャーニーマップのメリットは。
 
永島 本部間の異動が活発となり、派閥がないことです。ポストよりも経験を求めるようになり、お客様のニーズの解決に集中する社員が多くなりました。ニトリは今後、2022年に1兆円、32年に3兆円の売り上げを目指しています。これは「暮らしの豊かさを世界中に展開していく」というニトリのロマンを数値化したものです。しかし、今の成長率を続けても実現できません。つまり、新規事業などで成長率を非連続的に上げることが不可欠で、それには多種多様な人材を雇用する必要があります。
 
人材の多様化は、ニトリに限った話だけではなくて、今の日本に一般的な傾向としてあるようです。ニトリの場合は海外からの人材を毎年50人くらい採用していることもあって、近年は加速度的に人材が多様化しています。「暮らしの豊かさを世界に広める」という目標は同じでも、そこへアプローチする人材が多様になっています。
 
当たり前ですが人材が多様化すれば、社員一人ひとりが満足するキャリア構築の筋道も多様化します。ところが人事の業務は、新卒で採用した人たちに定期的に研修を行い、優秀な人を管理職や経営層へと引き上げ……という十把一からげの場合が多い。これでは通用しない時代が来ているのです。マーケティング的に言えば、ワントゥワンマーケティングが必要で、そのために社員一人ひとりの個別のキャリア構築の道筋をエンプロイー・ジャーニーマップとして視覚化するわけです。
 
ニトリではエンプロイー・ジャーニーマップの管理にクラウドベースの業務アプリケーションを導入しました。このアプリケーションのおかげで、エンプロイー・ジャーニーマップをすぐに作成・参照・修正するといったことが可能になりました。こうしたテクノロジーの進化もエンプロイー・ジャーニーマップの導入を後押ししました。

 
ニトリが導入したクラウド型の財務・人事向け業務アプリケーション「Workday」。上の画面は「タレント&パフォーマンス ダッシュボード」と呼ぶ画面で、社員が自らのキャリアを構築する起点として、自分の強みや今後習得する職務、メンターなど第三者からのフィードバックなどを一覧表示する

社内で「プチイノベーション」が頻発

――エンプロイー・ジャーニーマップの起点が入社前なのはなぜですか。
 
永島 学生から入社までの期間は「プレボーディング」と呼ばれています。今は採用難の会社が多く、学生にいいことばかりを言いがちです。でもそんなことをすると、学生の期待と実際のキャリア構築で齟齬(そご)が発生してしまう。後で絶対にエンプロイー・ジャーニーマップの中でつまずきます。
 
ニトリは、プレボーディングの時期に会社からの期待をすべて提示し、入社前から退職後までのエンプロイー・ジャーニーマップを一緒に描いていく。すると、たとえ一時的に希望とは違う部署に配属されたとしても、それは次の段階の準備期間と理解してもらえる。
 
極端な例え話ですが、有名大学を卒業して商品開発の仕事をしたい人にトラックの荷物の積み下ろしをなんの説明もなくお願いしたとしますよね? 荷物の積み下ろしがキャリアにどうつながるのかが本人に提示されていなければ、我慢なんてできません。
 
プレボーディング時期の取り組みは、実際に結果も出ています。毎年店舗に配属されて最初の3カ月くらいで「こんなハズじゃなかった」と、平均して5人くらいの退職者が出るのですが、19年は8月の時点で1人も辞めていません。

 
小川優稀氏(2019年4月入社)のエンプロイー・ジャーニーマップ。ニトリホールディングスの社員は入社時点でここまで考えている
――自分のキャリア構築に必要な道筋だと理解してくれたわけですね。
 
永島 そうですね。そして退職者数が減るだけでなく、興味深い効果も出ています。当初は希望していない部署でも、優秀な人材を配置すると、トラックの積み下ろしや品出しなど、大きな変化が期待されていなかった単純作業こそがどんどん進化していきます。
 
本当に優秀な人たちは「決められた通りにだけ行動すること」を良しとせず、効率化に向けた改善点を自分から探します。私たちは現場からの「観察・分析・判断」と呼ぶ週次のリポートに目を通していますが、社内のあちこちでプチイノベーションとも言うべき改革が起こっています。このプチイノベーションこそが、ニトリの発展の原動力です。
 

「多数精鋭主義」を実践

――ニトリが掲げる多数精鋭主義とはどのようなものですか。
 
永島 旧来の日本企業の人事は、新卒一括採用、年功序列や期別研修なので、あるところまで社員全員が同じ道をたどり、そこから先は(管理職になる経営層になるなど)一部の人だけが違う道をたどる、そんな筋道しか想定していません。つまり優秀な人だけを選抜していく方式で、少数精鋭主義と言い換えることができると思います。
 
私は少数精鋭は効率が悪いと考えています。というのも、近年は人材の流動化も進んでおり、少数精鋭で育成した一部の優秀な人が辞めてしまうと組織全体が弱体化するからです。これまで日本の人事を支えてきた、「人的資源管理」の考え方の限界が見えてきているように感じます。
 
弊社の会長は「多数精鋭」というキーワードを好んで使います。社員全員にチャンスと経験を常に与えれば、自分の特性に合った部署で実力を発揮できるはずです。少数精鋭で限られた人材から適任の人間を配置していくのではなく、広く全体から適任者を抜てきする多数精鋭を実現すれば組織全体が強くなる。そのためにも社員一人ひとりのエンプロイー・ジャーニーマップを最適化できるようにわれわれ組織開発室がきめ細かく見ていく必要があります。
 
――エンプロイー・ジャーニーマップは年2回更新する。
 
永島 履歴は残りますが、年2回更新します。どのようにエンプロイー・ジャーニーマップが変わってきたのか、逆になぜ変わらないのかを人事がしっかり把握します。あまりに変わりすぎても、まったく変化がなくても、そこには問題があります。変化が大きいときは本人か環境にカウンセリングが必要かもしれませんし、変化がなさすぎるときは的確なマップが描けていない可能性があるわけです。
 
ちなみにエンプロイー・ジャーニーマップは、米国の発祥です。「フォーチュン500」(米誌フォーチュンが選ぶ売上高が多い米企業500社)の上位にランクされる企業の多くが採用しています。少し考えれば分かることですが、エンプロイー・ジャーニーマップを採用するということは、退職までなるべく我が社にいてほしいという企業姿勢の発露です。
 
一方、日本では大企業が終身雇用の終焉(しゅうえん)など、まったく逆のことを言い始めています。米国の企業は日本企業のいいところを採り入れるのが上手ですが、実はエンプロイー・ジャーニーマップもその一つと言えるでしょう。
 
――クラウドベースの業務アプリケーションはうまく浸透しましたか。
 
永島 大きな問題は起こりませんでした。ただ、他社では同じ業務アプリケーションを導入しても失敗が多いと聞いています。そうした企業では人事部が人事権を持っていないケースが大半のようです。せっかく理想のエンプロイー・ジャーニーマップを描いても、それを実現する権限が人事に与えられていないわけです。
 
私がいる組織開発室には人事権があります。ニトリでは各部署に原則として人事権を持たせていません。組織開発室はすべての部署のパートナーとして、現場の声を拾いつつ、エンプロイー・ジャーニーマップを基準にして人事の再配置を行います。部署のニーズと社員のニーズをマッチングします。全従業員と密接につながっている部署と言えますね。
(写真/中村宏、写真提供/ニトリホールディングス)
(文 稲垣宗彦)