藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

バトンを渡す時

*[ウェブ進化論]ケガの功名。
コロナのおかげで。
より速く、マッハの速度で移動したい、ということと「移動をやめてリモートで済ます」というのは実は同じことだということが判明した。
さらに「その移動」が本当に価値あるものなのかどうか、という"出張の昭和の大問題"も、実は大して価値がない、ということも分かってしまった。
日本特有の「ズラズラ出席して一言も発言しないメーカーの会議」も全然必要なかった。
 
さらに日本人が特に好きなアフターファイブの「群れ飲み」も何も生み出していないことも分かった。静かに飲んで、落ち着いて考え事をしている方が余程いい。
 
それまでは「誰もが思っていても言い出せなかったこと」が一気に進んだのはコロナ禍のおかげでしかない。
つまりそれほど「新しいこと」への抵抗が強かったと言うことが分かったのだ。
保守とか抵抗勢力ってやつだ。
 
そう言う人たちは「できない理由」を実に賢くひねり出す。
正論を言うから、リスクのあることをする側は容易に反論できなくなる。
そうしておいて、何かに挑戦して「上手くいきそうな方」にそろそろと黙ってついていけば怪我はしない。
財務省厚労省を初め、あらゆる官公庁の「規制の理屈」はそんな風にできている。
ウィルスではないが、結果的に宿主である国民の息の根を止めてしまうこともある。
 
これからは、特にデジタル化があらゆる分野の肝になるのだから、早急に「デジタル省」を作って統一した方針で管理して行かないと、日本の国力はどんどん衰えていくと思う。
自分たちが保守側ではなく「ムダはやめよう」と言う側になる必要がある。
それを老人に期待しても無理なので、早く若い人にバトンタッチすることを考えるべきだろう。
ネット選挙などはまさに好機ではないだろうか。