藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

私は一言

*[ウェブ進化論]多くを語れず。

以前「自分の人生を三行で書いてみる」という話を書いたことがあるのだが、それのさらに先で。

一年ぶりに出口さんの「一気読み世界史」を読み返していたら「アーリア人の子孫には農業で蓄財し、商人や地主になった者もいました」という一節があった。

「自分の一生を二、三行で」どころではなく、「自分の一生を一言で」だ

そう。

その人の一生を一言でいえば、例えば「地主」「商人」「農民」。

「奴隷」とか「支配者」という人もいた。

「哲学者」「軍人」「兵士」というのもある。

「丁稚」「番頭」「御隠居」「大家」は落語にはよく登場する。

正室・側室」「妾」も昭和初期までは珍しくはなかった言葉だ。

「悪人」「善人」という括りもあるかもしれない。

 

その人の一生を個別に見てみれば、人生は誰もが波乱万丈で、一言では語り尽くせない物だったはずである。

けれどそんな一人ひとりの一生も、時間が経てばたった一言で語られる。

 

「うちの曽祖父は軍人でね」とか「代々医者の家系でして」とか「東北の農家の出で」とか。

さらには明智光秀とかブルータスとか呂布といえば、著名な「裏切り者」として語り継がれている。

でも自分の「一生を象徴するような一語」を形作るのは自分自身だ。

 

「自分の一生を表現する単語がどんなものなのか」を考えてやりたいことを探してみるのも一つの方法ではないだろうか。

 

私は小商売人、かなぁ。

いやいやこれからに期待だ。(締)