SFの世界は常に現実を先取りしている、というのは有名な作家の言葉だが。
中型の辞書くらいの携帯電話が登場して以来、ついに三十年の戦いは携帯電話が覇権を握っている。
さらにスマホという進化を遂げながら。
思えば現代の人類に「手のひら大の端末を常に持たせること」を義務付けたことは偉業と言っていい。
このまましばらくはスマホの天下が続きそうだが、その次を巡って熾烈な開発競争が続いている
より軽く、より多機能になるにはやはり「視覚」とどう調和するか、ということが焦点になるのだろう。

今のように往来する多くの人が「スマホを覗き込みながら歩く」のではなく、皆が「普通に歩きながら、その視線の先では違うものを見ている時代」になるのに違いない。
歩きながら、道案内を受けている人もいるし、気の合う仲間を探している人もいるし、映画やゲームをしている人もいるだろう。
ついに次の時代は「生活しながらのネットワーク通信」が常識になる気がする。
空を飛ぶ自転車も実現しそうだし、必要な時に、必要な情報が目に映し出されるが次の2-30年のテーマなのだろう。
それにしても「そのくらい」のこと、過去のSF映画にはくまなく出てきている。
人は想像するものは必ず実現できるのだろうか。
いつの時代も「突拍子もないこと」に挑み続ける性質こそが人の持ち味なのかもしれない。挑戦する生き物が人なのではないだろうか。