藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

消える定め

*[ウェブ進化論]☯️生死の陰陽。

よく医師は「人間は致死率100%の生き物ですから」と言う。

けれど(実際に付き合いのあった人はともかく)それほど親しみを感じていなかった有名人でも、訃報のニュースを見るとどこか寂しさを感じるのは不思議な気がする。

 

自分は好きな演奏家やアーティストの訃報を聞くたびに特に虚しい気分に包まれる。

どれほどの演奏記録や映像が残されていても「もう新しい活動が見られない」ということが寂しいのだ。

それほど自分たちは「これから創造されること」に大きな期待をしている、ということが分かる。

"クリエイティブの魔力"と言っていいだろう。

人間が本能的に持っている非常に貴重な感性なのではないだろうか。

それはともかく。

 

自分たち一般人はともかく、それこそ名の知れた芸術家や研究者が亡くなる度に「その才能の消滅」に非常に強い喪失感を覚える。

その偉大な人物の功績は残っているし、またそれを継承する後輩たちもたくさんいるだろう。

けれど、その才能は二度と戻ってこないということの"ロス感"は例えようもない。

何十年もひたすら熱意を注ぎ、打ち込んだ経験は命と共に消えてゆく。

 

デジタル技術がどれほど進んでいても、なんと美しく儚い原理なのかとしみじみ思うのでした。