藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

人類の挑戦。

ディープブルーで「チェス世界一」を勝ち取ったIBMの次の挑戦。
"クイズ"である。
ディーププルーは、「人間の毎秒3手に対し、その約7千万倍、毎秒2億手を計算する」というが、それでもクイズ分野で人間に挑むのは難しい、との下馬評だった。

結果は、ワトソンの圧勝。
まだまだ「知能」と呼べるものではないが、プログラムされたコンピュータが「ランダムな人の言葉」を解し、それに応えて正解を出している、という事実は(しかも人間を圧倒して)「この先の技術のブレイクスルー」を予見しているようにも思える。

コンピュータは桁上がりにその処理能力を伸ばしてきたが、構造からすれば「ノイマン型」の域を出ていない。
基本的にはプログラムと命令の量で、「その範囲の中の処理」をする存在だが、いよいよ「それから突き抜ける」という時期が来るのかもしれない。

それは、今の「ネット社会の到来」以上の革新的な出来ごとになるようにも思う。
そんな夢を見ていられることこそ、今の自分たちの一番の幸せなことなのかもしれない。

IBM 奇跡の“ワトソン”プロジェクト [著]スティーヴン・ベイカ
■人とキカイの未来に思いはせる

ワトソン君といえば、ご存じ名探偵シャーロック・ホームズの助手である。

もう一つの顔が加わった。米国で人気のテレビのクイズ番組「ジョパディ」で今年初め、人間のチャンピオン2人を破ったIBMのコンピューターである。同社創業者の名前を冠した研究所で生まれたことから命名された。

本書はそのワトソンを開発した同社の技術陣を追う。クイズは、1997年にコンピューター「ディープブルー」でチェスの王者を破ったIBMの次の挑戦課題だ。

ディープブルーは、人間の毎秒3手に対し、その約7千万倍、毎秒2億手を計算するが、人間の知能とは全く異質なものだ。クイズへの転戦は「認知大陸の本土に真正面から挑む」ことを意味し、ほとんど不可能とも思われた。

質問は、語呂合わせなども含んだ普通の言葉で書かれ、機械にはそれを理解することがまず難しい。しかも内容はありとあらゆる分野に及ぶ。

3年ほど技術的な検討を重ね、11年初めころの対決をめざして正式に計画がスタートしたのは07年夏だ。
マシンに知識を教え込み、答えを出すまでの時間は2時間から3秒にまで縮まった。問題の選び方や賞金のかけ方など勝つ戦略も教えた。

対決の様子はユーチューブで見られる。自信なさを見せたり、「6435ドル」と細かい金額をかけて笑いを誘ったり、どこか愛らしさすら感じさせるキャラクターだ。

結果は、機械らしいミスもあったものの、ワトソンの圧勝だった。決して人工知能と呼べるものではないというが、それでも、言葉を理解して膨大な情報から瞬時に答えを引き出す機械が誕生した意味は小さくないに違いない。

私たちのだれもがいずれ、助手のワトソン君を持つようになるのか。といってホームズになれるわけではなし。
人とキカイの未来に思いをはせさせる一冊だ。
    ◇
土屋政雄訳、早川書房・1890円/Stephen Baker アメリカのジャーナリスト。『数字で世界を操る巨人たち』