藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

魚はいくらでもいる。

漁師なら獲るのは水中の中にいる生物に限るが、社会には実に多種類の「魚たち」がいる。

ものを作る、という魚もいれば、
何かを教える、という魚もいる。
楽器を奏でる、というのもいれば小説を書くというのもある。
カフェで労働するのもあるし、カフェを開くというのだってアリだ。
決まったルールに乗る必要はない。

そしてどの方法にもそれぞれ"特徴"がある。
その特徴をぜひとも知ってほしいのだ。

若い人が、世の中の様子を矯めつ眇めつして、そしてあまりの情報の多さに翻弄されて「結局なにもしないこと」が年上から見て実に切ない。

自分が今二十歳だったら、間違いなく「IoTとかAI関係の仕事で…」とか考えていたと思う。

けれど、それで本当にいいのか。
自分に合っているか。
十年後、二十年後、五十年をどう見るか。

安易に年収とか格好良さだけで選ぶのは危険だ。
(自分は就活の時、友人と本気で企業の「有給休暇取得ランキング」を作り、比較して志望先を選定していた。かなりのアホである)

自分がやりたいこと、やってみたいこと、を「とことん考えて"仮の結論"を出す」しかない。

違ったら「その先」をもう少し考えてみればいい。
考えておいたことは決して無駄にはならない。

頭を鍛えよう。