ああ。
浪人したりしていたので、社会に出たのは24才。
の四月一日。(←わたぬき、なんて読みもある。日本語は難解だ)
こよみに支配されながら、今日で社会人二十年目になる。
社会人ハタチ。
社会人成人。
ふーむ。
まあそんな感じか。
お、そうそう。
今日社会人になる新人さん、おめでとう。
出だし、しっかりね。
三日と三カ月と三年、が大事。
もうあまりお説教とかしないから、とこの時のために書いといた、このブログの「仕事感」だきゃ読んでおいてくれな。
自分の考えてる仕事のことは、大体全部書いてあるし。
で、この社会人の二十年間を振り返る。
というか、もう過去のことはこのブログに書いちゃったのだが、大事なことは「言い続ける」というのも大事だと、これまた最近気づいてしまった。
まる三年はサラリーマン。
独立してから17年目になる。
ごちゃごちゃやって来たが、大別すると三種類になった。
勤め人として
「勤労」というものの経験は、大学の二年に遡る。
工具の商社のルート配送運転手、として都内中を走り回った。
自分のせっかちな運転特性はあの時代に涵養されたものだろう。(嘆)
最初は遅刻したり、休んだりとかなり素行不良だったのが、バンドを始めて器材を購入し(確か当時で150万くらい)、ローンを背負って態度が激変する。
「稼がねば生活できない」という当たり前のことを体感し、以後無遅刻無欠勤となる。
現金なものだ。
したがって、社会人になったとたんから、「勤勉」は重要なことだ、という意識くらいはあった。
飛び込んだ業界が「そふとうぇあ」というよく分からん代物だったこともあり、また最初に受けたIBMの研修やプログラミングが面白く、ずい分熱中していたものだ。
話がそれまくり。
でこのサラリーマン時代の三年目には、入った会社で営業を任され、新人教育や技術者の採用、お金の管理などずい分色んなことを経験させてもらった。
「大企業に入らないのなら、うんと小さなベンチャーの方がその後の役に立つだろう」という見込みはあながち外れではなかった。
この時の経験にずい分その後助けられたと思う。
そんなことはともかく。
この「三種類」のうちの一番目のサラリーマンで、自分にとって決定的にショックだったこと。
それは自分が「勘違い野郎」だったことなんである。
自分は何点か
実は、そのサラリーマン三年目には自分の先輩たちの多くは独立しており、社内ではかなり上の方。
大体のことはまかされていたし。
で、自分はできている、と思っていた。
「百点」に近いと思っていたのである。
まあそれはよい。
で。
ほどなくして独立。
そして驚く。
会社というのは、その設立から、営業、採用(最初は人もいない)、契約、資金繰り、労務管理、カネの出納、事業計画…などなどこれほどの機能が必要なのかと驚いた。
そして気づく。
自分は勤め人時代、自分に高い点数をつけすぎていたことに。(またか)
何点?
うーむ。
うむ。
ちょうど半分、五十点だ、と思う。
たまにある、五十点満点と思っていた試験の結果が百点満点と知らされたときのショックに似ている。(嘆)
ひぇ。
自分は満点は五十点だとばかり。
それで四十点とか取って喜んでいたのか。
それでは赤点か。
そんなことで、社会人の第一層は「勘違い君、目を醒ませ」ということだった。(つづく)