*[七つの習慣]短期の目と長期の思考。
自分たちは「意味のない作業の繰り返し」には耐えられない。
シーシュポスの岩だ。(彼は何か悪いことをしたのだろう、くらいに思っていたが結構複雑なお話でした)
だから自分たちはどうしても「終わり」を探す。
辛い毎日を過ごす理由を探しがちだ。
「"終わりがある"と思えば耐えられる」ということを本能的に知っているからだ。
いきおい「終わり探しの旅」に出てしまうことになる。
終わりはどこ? どこなの? と。
人生は実は有限だけれど「自分のこれから」には終わりはない、(と思っている)。
どの方向へ行くのかを「これから選ぶ」のは「これからの自分だから」だ。
もし次の一手、を変えれば「その先」は当然違ってくる。
終わりを考えることは、"作戦"としてはとても重要なのだが、「終わりの出口ありき」だけで日々を行動するのは、どうも正解ではなさそうだ。
大切なのは「出口」と"小さな成長"なのではないかと思う。
終わりを想像しながらも、毎日に小さな成長を見いだすようなメンタリティを持ちたい。
短期と長期のバランス感覚を意識したいと思う。