藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

自ら選ぶ死に装束。

nikkei onlineより。
ドラマの題名ではない。

社会風俗はいつの時代にも「今一番興味のあること」を照らし出す。
良くも悪くも。
最近では「就活」「婚活」とか。
数十年前の若きころは「しらけ」「新人類」とか「バブル」とかが新語だった。

ラスコーの洞窟には「今どきの若者は」という認(したた)めがあったそうで、いつの時代にも、"その時代なり"の新しい現象があり、それが社会の関心になるのに違いない。

日本はこれから高齢化社会である。
相続などにも関心が集まっているが、ずばり「終活」。
死ぬ時のための用意である。

江戸時代の侍でもあるまいし、誰が死にざまの心配までするか!というぼやきはともかく。
高齢化社会の関心は「そんなところ」へ向いているのだろうと思う。

それにしても、仏衣(死に装束)、骨壷、棺の装丁や遺体の安置(面会)方法など、いくらそういう場面があることは知っても、それを生前に思案する試みには驚かされる。
"死に装束のファッションショー"というのは、めちゃくちゃ笑える、関西風のノリではないだろうか。
(上品な人が聞いたら卒倒しそうなアイデアである。きれいなモデルさんが"右前"の白い着物を着て目の前を往復するのだ)

まだ生きながらにして、死んだ直後のことを心配するこうした動きは、十分安全に終局を迎えることが出来ている現在の安寧の産物であるだろうことは想像に難くない。
今が必死の人たちにはとうてい理解しにくい行動だが、どんどんと豊かになり、成熟した社会の一つの特徴なのである。

自分の与(あずか)り知らぬ死後の手続き、とはいえ派手でなく、目立つことなく、静かに眠りたいというような願望はある。
骨壷は何でもよいが、ともかく周囲の人たちには極力手間のかからぬ、そんな「お手軽葬」が自分の希望である。

好奇心でのぞいた葬祭の見学会、驚きの連続 定年男子の終活見聞録
2012/10/6 6:30ニュースソース日本経済新聞 電子版
 人生の終盤に備える「終活」という言葉をよく耳にする。「まだ65歳。そんなの早い、早い」と笑い飛ばしていたが、最近は、同年配または少し年上の身内、知人から、病気入院の知らせや、時には訃報が届くようになった。そのたびに、「もういい年なのだ」と思い知らされてしまう。
■「縁起でもない」と思いつつ、ひやかし半分で見学会に
葬祭会館「ラステル新横浜」での仏衣のファッションショー(横浜市港北区)
 猛暑の中でそんな縁起でもないことを考えていたこの夏、JR新横浜駅の近くに9階建ての葬祭会館がオープンした。霊園販売や葬儀などを手掛ける葬祭会社、ニチリョクの最新施設だ。案内チラシには「あらゆる葬送のかたちに対応できる究極の葬儀式場」とある。自宅に近いから、ひやかし半分のつもりで見学会に出かけてみた。

 施設、設備は予想以上に立派なものだった。参列者の多い一般葬から、20人程度の少人数の家族葬、自宅のようなくつろぎの空間で別れの時間を過ごすリビング葬、儀式なしの直葬まで、用途に応じた部屋が各フロアに並ぶ。
■2日間で見学者1000人 多さにびっくり
 主催者によると、見学者は2日間で1000人近くに上った。葬祭場の見学会にこれほどの人が集まることに、まず驚かされた。高齢夫婦や老親と一緒にやって来た家族連れが多い。
様々なデザインの骨つぼ(横浜市港北区)
 葬式に関する不安の一つは、あいまいで不明瞭な費用だとよくいわれる。見学者の関心もやはりそこに集中した。日本消費者協会の全国実態調査では、葬式費用総額は平均約200万円との結果が出ているが、ここでは家族葬だと約60万円、直葬だと約30万円で収まる。相談コーナーには、料金表を前に自分の葬式費用の算段をする人が目立った。
 老齢の父親と子供は、「オレはカネのかからない簡単な方式で送ってくれればいい」「でも、親せきや世話になった人の手前もあるし……」などと、額を寄せ合って考え込んでいた。結論はなかなか出そうにない。
 私も軽い気持ちで相談の席に着いてみた。以前は「自分の葬式などしなくていい」「家族だけで簡単に済ませれば十分」などとお気楽なことを言っていたのだが、よく考えると「親せきや親しい知人を呼ばないままでは、相手に悪いかもしれない」「残った家族の肩身が狭くならないか」などという心配が頭をかすめる。
 葬式をするとすれば、「お経もあげてほしい」「できれば戒名も授かりたい」となり、料金表以外のお布施の心配が始まる。お寺と縁のない生活をしてきた身には、「戒名って必要なの」「どんな意味があるの」といった疑問だって浮かんでくる。
■通夜料理の試食、死に装束のファッションショー… すべてが「へえー」
 軽く考えていたが、まじめに考えれば考えるほど、頭の整理がつかなくなる。最後は「家族と相談してみます」と言って相談席を立った。
安置されている故人といつでも面会できる面会室(横浜市港北区)
 見学会では、通夜振る舞いの料理試食会、葬式の基礎講座のほか、死に装束の仏衣ファッションショー、湯灌(ゆかん)の実演、各種ひつぎ、骨つぼの展示などもあった。「へえー」と目を丸くすることの連続だ。
 病院などから搬送される遺体の安置、面会室の多さにも驚いた。30体近くが収容可能で、遺族、関係者はいつでも遺体と対面できる。「火葬場が足りず、横浜では死後平均4日、長いときは1週間も火葬を待つことがある」と、係員が安置、面会施設の必要性を説明してくれた。
 確かに何日も自宅に安置しておくのは大変だ。第一、私の住むマンションなど、エレベーターにとてもひつぎは入らない。「自宅での最後の別れ」は、もはや望みにくい時代なのだろう。そういえば、この施設の名称はラストとホテルを合成した「ラステル」。出棺、火葬の順番を待つ最後のホテルでもある。
■葬送の世界の変化を実感
 年間死亡者数は2003年に100万人を超え、昨年は125万人に増えた(人口動態統計)。私を含めた団塊世代がさらに高齢化する二十数年後は170万人に迫るとの推計もある。
ひつぎにも様々なデザインが(横浜市港北区)
 ちょっとした好奇心からのぞいた見学会だったが、死亡者の確実な増加を背景に、葬送の世界も変化しつつあることを実感した。選択の幅が広がり、葬儀社間の競争や新しいサービスも生まれている。それなのに、いずれはお世話になるはずの私たちは、知らないことがあまりに多い。
 「葬式のことなど考えたくもない」と言ってばかりもいられない。田舎には老齢の親がいるし、自分だっていい年だ。「墓はどうする」「相続は」と他にも難しい問題が多いが、元気なうちに心づもりをして、愉快、快適にセカンドライフを楽しむのが賢明かもしれない。「縁起でもない」「少し早いかな」とは思いつつ、早めの終活に踏み出してみた。
(森 均)
 森均(もり・ひとし) 1947年京都府生まれ。日本経済新聞の社会部記者、編集委員を長く務める。家庭を顧みない「仕事人間」だったが、定年退職以降は「家庭人」を目指して奮闘中。2012年4〜5月には日本経済新聞電子版に「定年男子の料理教室」を連載した。
※「定年世代 奮闘記」では日本経済新聞土曜夕刊の連載「ようこそ定年」(社会面)と連動し、筆者の感想や意見を盛り込んで定年世代の奮闘ぶりを紹介します。