藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

プロから学ぶ。

昨年、プラチナチケットと聞きながら上原さんのライブに行く機会があった。
その躍動感と空気に「こんな小っちゃな女の子が」と驚いたが、インタビューを読んでなるほど!と合点した。
そのメンタリティは只者ではない、というかとても強い。

目の前に高いハードルが立ちはだかると、わくわくして来ます。それを越えた時に必ず新しい風景と出合えるからです。その期待感がものすごく大きいので。

こうした「気持ちの強さ」というのはどのようにしたら培えるのか。
世のビジネスマンに教えてもらいたいものである。
常に、ギリギリの勝負の場にこそ神髄がある、ということを改めて気付かされた。
この年ににして。

滝川 上原さんのコンサートに私は何度も伺っていて、7月のブルーノート東京でも、激しくかつ情緒的な演奏を聴かせていただきました。新作の『ムーヴ』からの曲も披露していましたけれど、演奏する曲はいつ決めているんですか?

上原 その当日に会場で決めることがほとんどですね。

滝川 えっ、当日に!?

上原 はい。会場はそれぞれ音が違うので、音の鳴りや響きを確認してから考えています。どの曲が合うか、サウンドチェックをしないとわからなくて。

滝川 ギリギリまで調整をなさっていると。では、コンサートは一年に何回くらいですか?

上原 毎年100都市150公演以上はやっています。

滝川 150回も! あれだけ迫力のある演奏を続けるには、フィジカルのトレーニングもされているのでしょうね。

上原 ストレッチだけなんです。私にとってはピアノの演奏もトレーニングのうちなので。毎回汗だくになりますから。

滝川 では、食事の管理で気をつけていることはありますか?

上原 あっ、それはあります。ライブの本番前は必ず炭水化物を食べます。でも、お米のメニューが豊富な日本と違って、海外ではなかなか……。

滝川 パンは短時間でエネルギーを消費してしまいますしね。

上原 はい。すぐにお腹が空いてしまうんですよね。だから、お米がない土地では、パスタを選びます。メインの肉や魚を多めにして炭水化物を少なめにする工夫もしたけれど、やっぱりすぐにお腹が空いてしまって。


滝川 上原さんは世界中で演奏されていて、オーディエンスから求められるレベルはどんどん高くなってくると思うんです。そういったプレッシャーにはどう対処しているんだろうって、いつも不思議に感じています。

上原 私、プレッシャーは大好きなんですよ。目の前に高いハードルが立ちはだかると、わくわくして来ます。それを越えた時に必ず新しい風景と出合えるからです。その期待感がものすごく大きいので。

滝川 デビュー当時から?

上原 はい。今も複数の演奏者が出演するフェスティバルでは私の演奏を聴いたことがないお客さんも多くて、必ずしもウエルカムな雰囲気ではありません。ピアノでインストゥルメンタルの音楽をやるミュージシャンは、概して身体の大きい男性です。ところが、ステージに現れた私は小柄なアジア人女性。さらに、アメリカ人の女性ミュージシャンはセクシー系が多いので、お客さんは私を見て「あれっ?」って。すると、がぜん燃えます。

滝川 ウエルカムではない雰囲気は、ステージの上からでも?

上原 わかります。会場全体がざわついて、みんなプログラムを見返していますから。「何かの間違いじゃない?」って。そんな環境でガツン!と弾いて「ワーッ!」と盛り上がると、すごい快感。客席とステージとが一体になると、ピアニストをやっている自分を実感しますね。

滝川 世界中を回っていると、予期せぬことも多いでしょうね。

上原 必要な機材が揃っていなかったり、フェスの特設会場でステージに上がる階段がなかったり。しかも、その日が日曜日だと、対応してくれないんです。クレームを言っても、当たり前の表情で「It's Sunday!」と。

滝川 それはイタリアですね。

上原 はい。「それならば、ライブは中止します!」と言うと初めて必要な機材を探し始める。でも、どんな環境でもライブは全力でやって、必ずハグして別れられるようにしています。

滝川 ピアノが好きな上原さんがコンサートの依頼を引き受けるケースと引き受けないケース、基準はどんなことでしょう。

上原 スケジュールに問題がなければ、どこへでも行きます。つい最近もオーストラリアのメルボルンから大西洋ポルトガル領のアゾレス諸島へ、40時間移動して演奏しました。フライト時間や時差を計算して、「間に合う!」と判断したら行く。

滝川 スケジュール管理は自分でされるのですか?

上原 自分です。エアラインも空港もどの乗り継ぎがスムーズか、私が一番よくわかっているので。客室乗務員の友達とパスポートを見せ合ったら、私のほうがスタンプは多かった。また、空港コードってありますよね。成田ならば「NRT」、ニューヨークのケネディ空港ならば「JFK」という。あのコードも空港職員よりも詳しかったり。どの航空会社がどのアライアンスかもすべて頭に入っています。

滝川 旅行会社のスタッフみたい(笑)。そう考えると、世界を舞台に活躍するには旅が好きじゃないといけないですね。

上原 でも私、飛行機も船も自動車も苦手で。実は乗り物酔いするんです。タクシーも後部座席だと気持ちが悪くなるので、助手席に乗せてもらうほど。ボディの長いリムジンで送迎してくれるフェスティバルがあって、やはり助手席に乗りました。サイドウェイだし、革張りだし、絶対に酔うと思ったので。

滝川 それはもったいない。そんなに乗り物が苦手でも、世界中どこへでも躊躇せずに?

上原 演奏は猛烈に好きなんです。ただ、アメリカのコロラドの公演だけは……。小型機で山間を大揺れしながらのフライトなんですよ。命の危険も感じています。でも、いつも最終的には行く決断はしていますね。

滝川 上原さんにとって、ピアノは喜びであり仕事でもあるんですね。それでも、楽しみと仕事を分ける境界線を強いてあげるとすれば、どこにありますか。

上原 滝川さんのおっしゃるとおり、私にとって、ピアノの演奏は食事や睡眠と同じで毎日あるものです。でも、リスナーやオーディエンスを意識した時はやっぱり仕事ですね。その時プラスされるのは責任です。大切な時間とお金を使って私の音楽を聴いてくれる方に対して満足していただくのは私の責任であり、仕事であり、だからこそ情熱を注ぐし、楽しい。でも、滝川さんもきっとアナウンサーやキャスターとしてのご自分を強く感じる時、ありますよね。

滝川 私は番組中、突発的なニュースが入ってきた時かな。宮根誠司さんと一緒にやる『Mr.サンデー』では、急なニュースはインカムに連絡が来るんです。緊急性や宮根さんの進行の状況を確認しながらニュースをさばく時、プロとして仕事をしている実感はありますね。

上原 すごい! 何か練習法とかあるんですか?

滝川 場数を踏むだけですね。与えられたニュースをぴったり1分で読むのも、すべて慣れ。秒単位の正確さで話せるようになりました。

上原 時計がなくてもカップラーメンの時間を計れたりも? あっ、滝川さんはカップ麺は食べないかもしれませんが……。

滝川 (笑)。残念ながら仕事以外ではだめ。仕事の領域だからこそできるんですね。上原さんはピアニストとしての自分の将来像をどう考えていますか?

上原 ざっくりとしたビジョンですけど、70代、80代の周囲からオバアチャンと言われる年齢になっても、まだ見たことがない風景を音楽で表現するチャレンジは続けていたい。ピアニストとしてはずっとルーキーの気持ちを忘れずにいたいんです。

滝川 老いては益々壮んなるべしという感じですね。

上原 そうですね、最後まで守りに入らない女でいたい。昼間は縁側で孫とお茶を飲んで他愛のない会話をしていても、夜になるとガガガーン!とピアノを弾き出すというのが私の理想のオバアチャン像。

滝川 守りに入りたくないという気持ちは私も同じだなあ。

上原 滝川さんの守りに入らないというのは?

滝川 いくつになっても赤い口紅が似合う女でいたいです。テレビの現場で仕事をしていると、慌ただしいから、油断すると男性化してしまう気がします。でも、私は90歳を過ぎてしわしわになっても、赤い口紅が似合うオバアチャンでいたいです。

上原 うわあ、それ、すごく素敵ですね。ぜひとも私たちが頑張って、守りに入らないオバアチャンの時代を築きましょう。

滝川 上原さん、もしも、もしも、ですよ、何かの理由でピアノが弾けない状況になったらどうしますか。

上原 うーん。それは考えたこともないので。でも、何が起こるかわからないのが人生ですよね。ただ、ピアノが弾けなくなってもものすごく不幸にはならない気がします。何か違うことに情熱を燃やすとは思います。その時はスーパー旅行代理店を目指そうかな(笑)。