藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

十年後のこと。


十代は早く二十代(大人)になりたいなぁと思った。
二十代は三十代になったらもっと色んな力がついているだろうなぁと思った。
三十代はうわぁ、次は四十代か、あーあぁとか思っていた。
四十代。もうすぐ五十歳か!これはイカんな…。
五十代。シーン。
(多分)60代もシーン。
以下同文。
ずーっと直線的に年を取っているのにどうしてこんな感じになるのだろう。

若い時には知らなくて、多分40代以上の人たちが全員知っていること。

気持ちはあまり年を取らないのだ。

いつでも少年時代のように、新しいものには興味を持つし、仲間とワイワイ話しているのも楽しい。
けれど肉体だけは刻々と年を取っている。
思えば肉体は正直だけれど、精神はこうした「経年」とは別物のようである。
いつまでも若く、いつまでも幼い。

けれど一方。
気付かずに精神だけが老け込んでいることもある。
若いのに新しいものへの興味が無くなっていたり、冒険心がなかったり。
精神はどうやら自由に伸び縮みするらしい。
70,80才を超えても元気な人たちは、精神の老化が止まっているのだ。
(けれど肉体の老化は直線的に進んでいる)

肉体の老化は止まらないけれど、それに連れて「自分の気持ち」はどんな風でありたいか。
精神年齢というのとも少し違う「気持ちの年齢」は若く元気に保てればいいなと思う。
肉体とのバランスを自分でいちいち気にするのも大変なことだけれど。