藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

自分を通せるか。

糸井重里がビジネス界に下野してきた影響が出始めている。
それまでは自分を「ビジネス界の標準」だと位置づけ、芸術家とかクリエイターといった存在の人たちを「違う世界の人たち」ということにして「正面対決」を避けてきていたはずだった。(と自分などは思っていた。)
それが「向こうからこちらに殴り込み」が起こったのでは、騒ぎが起きるのも無理もない。

いや殴り込みではなく「静かな参戦」といった風か。
さすがに向こうは気負ってはいない。
(自分ごときが言うのも憚られるが)それなりの覚悟でやってきているな、と思える。
敵地で戦うことをアウェーといい、通常は地の利に通じた相手が有利なはずだが、今の「硬直しきった日本」が自らのホームグラウンドでノックアウトされる可能性が高いのでは、と自分は思っている。

いろんな、それこそ「輸入物」の数字や理屈や法律でがんじがらめに縛られて、「あえて上場なんてね」という経営者も多い中。
さらには

介護だ医療だ年金だと騒ぐだけの世間の中で、「集めた金は人に使う」と言ってのけた。

言われてみれば当たり前のことを、周囲の歪みに侵されずにやる。

やっぱりアントニオ糸井である。

「それ欲しい!」を作る 糸井重里氏×高田明氏 お薦めの達人対談

 何でも見つかる、何でも買える時代なのに、モノにときめかない。商品が面白くないのか、それとも良さが伝わってこないのか。テレビ通販でおなじみ、ジャパネットたかた創業者の高田明さん。有名コピーライターで、サイト「ほぼ日刊イトイ新聞」でもヒット商品を生んだ糸井重里さん。お薦めの達人2人に、「欲しい!」の生み出し方を語り合ってもらった。(聞き手は石森ゆう太、高倉万紀子)

■糸井氏「お分けしますが原点」

 ――おふたりは共に68歳、誕生日も高田さんが1週間早いだけ。まさに同時代を見てこられました。今、モノはあふれる一方なのに、消費は盛り上がらない。商品の魅力を伝える「お薦めの達人」のおふたりに、どうすれば消費者の気持ちを動かせるか伺いたく。(以下、敬称略)

いとい・しげさと 1948年群馬県生まれ。71年にコピーライターとしてデビュー。「不思議、大好き。」「おいしい生活。」などで有名に。作詞やゲーム制作でも活躍。98年にサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を立ち上げた。社長を務める運営会社、ほぼ日は今年3月にジャスダック市場に上場。

今の質問、ちょっと不本意ですよね。伝える力で売ってるわけじゃないですよね。

そう、本質的には何を売るかですもんね。僕もいろんな商品を販売してきましたが、自分が良いと思わなかったら売れないです。

今って、プレゼンテーションで売れると思ってる人が多くて、僕らは「口のうまい人」だと思われてるんじゃないかと。僕はコピーライターだったから「言葉の魔術師」とかおだてられるわけですよね。でも魔術で売ってるんじゃなくて、「これがいい」と思ったところが始まりだから、売り手じゃなくて買い手なんです。

どうも私、テレビでは声が少し高かったみたいで(一同笑)、「社長から買ったのは衝動買いだった」と。衝動買いが悪いのは、届いたときに物と金の価値が釣り合わない場合。逆に価値に合っていれば大いに結構です。どう伝えるかもあるんでしょうけど、基本は商品を選ぶところからスタートします。

たかた・あきら 1948年、長崎県生まれ。父が経営する「カメラのたかた」入社。86年に独立して「たかた」を設立。通販に乗りだし、99年「ジャパネットたかた」に社名変更。2015年に長男に社長を譲り、16年にテレビ出演からも引退。今年4月、サッカーJ2のV・ファーレン長崎社長に就任。

 ――確かに「ほぼ日」の商品は、糸井さんたち自身が欲しいモノを職人さんと作っています。

マーケットリサーチなんかいらない、自分に聞けと。僕らは、売る本職じゃなく「お分けします」からスタートしてますから。ジャパネットさんも同じ気持ちはあると思いますよ。うちが良いものをまとめて買ったら安くできました、みなさんに安く売れますよって話なんで。

 「ほぼ日」を始めたのは19年前。そのころ雑誌やらテレビは、歌にしてもベスト10まで紹介して、お客さんはその10位までを買うんです。58位も良い歌なんだけど、それを紹介するメディアはない。で、僕が良いと思ったら58位でも87位でも紹介しようと思って。

分かります。僕が例えば三菱の炊飯器で炊いたごはんをたべて「おいしいですね」、次にパナソニック東芝ので「おいしいですね」って言ってたら「社長どっちがおいしいの」って言われるんだけど、僕は全部おいしいんですよ。1番は1つだけじゃない、100あってもいいんです。

高田さんは思ったことを言ってるんだろうなっていう信頼があるんですね。多分この人は間違わせた覚えがないぞ、というのを積み重ねるのがとても大きいと思うんです。

 今「おいしい」って言葉を使いましたけど、グルメリポーターがこの水を飲んで「あ、おいしい」って言ったら失格なんです。そのおいしいを自分なりのなんかあるだろうって言われて「み、水の宝箱やー」とか言うわけですね。それが良いリポートなんだとしたら僕は違うと思う。

 松尾芭蕉もおいしいときはおいしいって言うと思うんです。その俺が言った「おいしい」を信じてもらえるかどうかが大事で。こねくり回して何かを考えるのがコピーっていうんじゃなくて、俺の言ったことを信じてもらえるようにするのが活動だと思う。

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■高田氏「素の自分だから伝わる」

今思えば、なまりで素の自分を出したから伝わるコトってやっぱりあったんでしょうね。自然に非言語というか自分の表情とか、作るんじゃなくて出ちゃう。

もし高田さんが違う表情でやってたら違う効果になるだろうし、もっと上手にやれてたらやっぱりそこでの信頼関係は作れなかったと思うんですよ。

 僕は社内の人に広告の勉強をひとつもさせてないんです。例えば「3月18日発売です」とか、もう身もふたもないことを書く。でも、下手で良いと思ってる。自分たちとお客さんを、なるべく豊かに信じ合う関係にしたい場合には「あんたうまいこと言わはるな」というのは弱点なんです。高田さんはどのように指導なさるんですか。

例えば作っているチラシを見て「夢がないよ」って言うことがよくあるんです。お客さんを引きつける夢とか感動、そこが浮かび上がったときに買ってもらえる。値段だけ特筆するとかはだめですね。

年に60万部超を売り上げる「ほぼ日手帳」。2018年版は9月1日に発売する

その「夢がないよ」っていうのは分かるなあ。家電とかは普通の家にあるものですから。「普段」って、ほっておくとつまらない。これが来たことで面白くなるかなとか、昨日までと違うワクワクする気持ちになれるものが欲しい。

モノがモノじゃなくなるんですね。「ほぼ日手帳」も、手帳を通して何かを変えようとしているのかなと。

今は「ライフのブック」っていう言い方をしてるんです。自叙伝でもあり1年間の私の本でもあり、ぱっと開くと「This is my LIFE.」になる。これで他の手帳が「うちはもっといいぞ」と言ってきても、いいの悪いのを超えてライフのブックになる。

その日にあったことだけじゃなくて、その瞬間瞬間で人間って未来のこと考えたり過去のこと考えたりしてる、それをこの手帳に書いていくんですね。

それはお客さんがやってくれたことなんです。僕らはスペースたっぷりで1日1ページだったら、メモもできるし日記にもなるしと思ったんですが、お客さんは僕たちがこう使ってほしい、なんてもう軽々と超えてる。邪魔をしないことが一番大事なんだと。

僕も自分の思いを断言したときはすごく売れないんですよ。「いいでしょ」ばっかり言ってたら、反発になる。お客さんがこの商品どうかってことを感じながら言っていかないと。

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■糸井氏「勝ち組のまねは負け」

 ――アマゾンの商品数は実に2億点。信用は大事ですが、まずパッと消費者の目を引かないと埋もれるのでは。

パッと目を引いて誰を集めたいんでしょう。派手にネオンサインをつけて繁華街に出ようという発想では、来るのはただの通行人。そこが間違ったことを結構やってるんじゃないかな。

 ネットの時代って、特殊な薬でも器具でも見つける人は見つけてくれますから。恐れずに「欲しい人がいるものを作る、売る」というのが先じゃないかと思います。

対談する高田明さん(左)と糸井重里さん(東京都港区)

我が社の場合、全く時代と逆行してるんですね。ネット通販でいくつ、商品載せてると思います?

1000くらいとか?

1000もないです。それで500億円、600億円売れてる。「ジャムの理論」というのがあって、百貨店でこっちは5種類のジャムが試食でき、あっちでは20種類が試せる。圧倒的に売れたのは5種類の方なんです。今はサイトにいっぱい載せなきゃっていうけど、そうじゃない発想もある。自分たちで選んで、お客さんの手間を省くっていうのもある。

一般論として、一番うまくいってる人のまねをしようとするんですよ、みんな。それはもう勝ちきってる人なんで、同じことやったら負けるんです。

アマゾンにはなれないんだから、自分たちでできる仕組みを考えていかないと。だからジャパネットの場合、全部動画にして説明してます。ほぼ日手帳でも使ってる人の顔が出てきて、その語りが出てきたらすごいだろうと思いますね。

すごい具体的な話が……。

いやほんとですよ糸井さん。そこを説明しだしたらですね、すごいアクセス出てきますよ。

■高田氏「思いは価格を超える」

 ――ネットで商品の価格、スペックも丸裸になりました。

商品というのは、どうしても価格になっちゃう。やはり作り手の思い、そこで働く人の思い、会社のコンセプト。それを商品に必ず乗せたらいいと思います。価値がすごく変わってくるんじゃないかって。

 1年中、農家の人が脚立で1本600個のリンゴを全部回して。日が当たるように一個一個ですよ。それを動画で見た瞬間、リンゴ1個が99円と100円とかの1円の差じゃなくなるんですよ。価格競争のなかで日本の匠(たくみ)のものを表現しないと。本当に糸井さんがそれをされたら、来年は売り上げ2倍。

いや、今のリアリティーはずっと僕らがジャパネットを見てきた歴史そのもの。「俺がいてモノがある」っていうところから全部語れてる。イメージをつけたり演出つけたりが他のコマーシャルだとすれば、1人の語り部の物語の方が実は強かったっていう。ご本人から言われるとまた、うーん。

時代が変わって、伝え方も変わってきます。1年1年というより日々。今日売れた物が明日売れる保証もない。それだけIT、グローバル化っていうのは世の中を変えてる。そこをつかむ難しさはあると思うんですけど。いや一緒になんかしたいですよね。

 ――もし高田さんがほぼ日手帳を売るとしたら、どんな風に?

さっきライフって言葉ありましたが、人生語るでしょうね。手帳よりも7割くらい人生語っちゃうかもしれない。別れがあったり出会いがあったり、それを最終的に残すもの、と。

泣けてきた今。

日経MJ2017年8月7日付]