*[ウェブ進化論]カードゲーム。
自分の場合だと60歳だから、これから一年は「これまでの1/60の重みしかない」ことになる。のでどうしても「トランプのカードの一枚」くらいの感覚にしかならない。
けれども年とともに時間に敏感になるのは、もうそれは「残りのカードが少ない」ことが目に見えて分かるからだ。
人間は不思議なもので「コップの水が半分を切る」と途端に残りの量を心配するような性質があるらしい。
40歳ではそれはまだ曖昧だが、60歳では疑う余地なく「どんどんなくなり出している」ということが感じられる。
これまでは「過去の自分の人生との対比」で感じていた時間が、今度はくるっと後ろを向いて「残りの時間からの引き算」に変わるわけである。
つまり「時間ってなかなか経たねーな」から「お、どんどん無くなり始めたぞ」という感じだ。
こうなると人間はケチくさい。
そしてあまり憂いても仕方のない「残り時間の計算ばかりを気にする」ようにもなるだろう。
年寄りが病気自慢をする、というのはそういう「残り時間を憐れむ馴れ合いの会話」なので、これもまたしょうもない時間の使い方をしているということだ。
健康寿命を機にすることも大事だが、
あと何枚あるか分からない「残りのカードをどう使うのよ?」ということこそを真剣に考えたいものである。