藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

五十点満点のあと。

さてサラリーマン時代の三年間は、目いっぱい頑張ってるつもりがなんと「もう五十点分足りなかった」と気づかされたその後のこと。


サラリーマン時代はなかなか会社全体のことには気づかずに自分の「役割」という狭いマスの中でウンウンそれなりに頑張っていた、というまあ「コップの中のがんばり」だったということだが。


それで、こんどは会社全体の運営となり。
会社は小さくたって、大会社とおなじ「要素」が要る。
営業も、教育も採用も、経理も人事も全部必要だ。
営業さえやってれば、あとは会社のいろんな人たちがバックアップしてくれた時代とはまるで違う。


中でも「お金」の心配は全部自分が背負う。
これはキツい。
(経営者の悩みの8割は資金繰りだ、という名言まである)

そして、キツ過ぎるのだ。


だんだん僻(ひが)み根性が出てくる。
こんなに苦労してるのに。
こんなにいつも心配し、ハラハラしてるのに。
日本では、会社がコピー機一つ買うのも、借金するのも、全部代表者が連帯保証するのが常だ。


破産すれば身ぐるみなくなる。
そんなキツいプレッシャーからいつしか、社長のゴーマンが出てくる。
従業員は分かってないとか、オレはいつも孤独だ、とか。


ここらあたりから「経営者の誤謬(ごびゅう)*1」が出てくる。

従業員がリスクを負わないのは当たり前である。
そこでリスクを負ってでも道を切り開きたい人だけが起業すればよい。
孤独に苛まれ、いつしか夜の「クラブ活動」に埋没していく人はゴマンと見てきた。
(話は違うが、夜のお店でも「自慢話と文句いい」のタイプと「その場を楽しむタイプ」に客は分かれるようだ。そんな目でクラブの客を眺めてみるのもまた一興か。)


自分の社会人第二層、はそんな意識との戦い、だった。

経営していて、営業して、うまく受注が取れると営業マン時代よりもずっとうれしい。
そして、自分のお手柄だと思い込む。
そうこうしていると「会社を運転」してるだけで十分自分のミッションは果たしているのだ、という慢性的なタコつぼに入り込む。

モンキーvsタコつぼvs…

お客先で「注文くださいください」としか言えない営業マンを「モンキーセールス」といい、また人とコミュニケーションせず「聞いてませんでした」としか言わないSEを「タコつぼSE」という言い方がある。


タコつぼに入った社長は「勘違い社長」とでも言うか。
自分で会社を作っといて「オレは孤独だ」は本末転倒。


とまあ、それくらい、いろいろなことも気に掛けねばならない。
自分の場合は、それから無我夢中で三年ほどが経ち、この間は「ただ食べるだけ、来月の給料やボーナスを払うためだけ」の毎日だった。
「なぜやるのか?とか、将来のビジョンは?」とかそんなものはクソくらえだ。
来月の給料がないのに何がビジョンか!!と真剣に思っていた。


まあ起業の資格などなかったのだ。
関心はいかに会社に現金をためるか。
三か月先までの「お給料」が会社にあるとなんともホッとして満足していた。


そんな勘違い社長も、そのうちスタッフから「会社の行く末は?」とか「この先のビジョンは?」などと聞かれるようになり。


ようやくそんなところに考えが及ぶ。
そして、本来の疑問に、見たくないけれど「そこに必ずいる魔物」に目を向けずにはやっていけないことをうすうす悟る。

食べる以外、何のために会社をやってるのか?

という一番見たくない相手との対峙。

しかし、これは自分の姿そのものでもある。
逃げは許されぬ、と思った。

いろんな、出会い。

ソフトウェアというものはすばらしい、と思う。
形をいかようにも変えられる。


コンピュータ上で動くものだけでなく、社会のいろんな工夫や知恵も広義のソフトウェアだ。
その意味では二重にすばらしいと思う。


だが、その形のなさゆえ、また柔軟性ゆえ「決定的な哀愁」を背負っている。

自分が無い、のだ。

いかなる業務にも、いかなる機能も備えられる。
顧客の思うがまま。
だが、自分の意思は薄く。
時にそんな風に、いやかなり確信的にそう思った。

この業界に身を置いた自分は、永遠にユーザや業務を探し続けていくのか。


そして、永遠に最新の技術を追求しつづけられるのはいつまでだろうか?

そんな時に出会ったのが「特許技術」だった。


ということで自分の「社会人第二層」は経営という「毒」との戦いだったようだ。
結局ここに気づき、脱出するのにこの16年のうち8年を費やしてしまった。


ようやく第三層へと移行する。はぁー。

(つづく)

*1:一見正しく見えるが、まちがっている推理。詭弁。虚偽のこと