藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

本能の真紅。

古来の「赤備え」は単なる風説ではなかった(のかもしれない)。
真田幸村を始め、「戦で目立ってしまう色」としての赤は、"テストステロン"というホルモンの分泌を促し、「闘争」を促進するという。
いわゆる「勝負」の時には、いかにこのテストステロンを上げるかどうか、ということも重要らしい。

それが、戦国の世から(あるいはもっともっと前から)、リアルの闘いの場で経験的に用いられてきたというのは実に不思議である。
日本だけかと思いきや、ローマの指揮官の真紅のマントとか、中世の騎士の旗指物、ナポレオンの騎兵もみな「真紅」を身にまとっているという。
血液の色とも関係あるのだろうか。

我われは「真紅」により生命力の強い何か、を感じるようなのだ。
さらに現代になっても「赤い車に乗るドライバー」は、よりスピードを出す人だという。
さらにさらに鳥や爬虫類でのオスの「婚姻色」は赤なのだという。

つまり人にとっても本能的に燃え上がり、「性や生や闘い」について最も相応しい色が「真紅」なのだろう。
元気がなくなったな、と感じたら敢えて真っ赤なジャケットをを着て過ごしてみることもいいのかもしれない。
ともかく日常を過ごす中で自分たちの生活と「色」とは実は無縁ではないのだとしたら、ずい分興味深い話ではないかと思うのだ。

朝日デジタルより。

男性ホルモンの悲しさを感じる真田幸村真田幸村(1567〜1615年)

◆赤ずくめの甲冑
 戦国時代、鎧兜などの具足、旗指物、槍、太刀などあらゆる武具を朱塗りにした部隊(赤備え)は特に武勇に優れた名将がこれを率いた。鋭い錐のように赤備えが襲いかかると、敵は戦線を維持できずに崩壊したという。

赤備えといえば、大坂夏の陣で家康の本陣近くまで迫った真田信繁(通称幸村)が有名だが、最初に考案したのは甲斐の武田信玄とされる。信玄股肱の、勇将飯富虎昌がこれを率い、没後は弟の山県昌景が継承、長篠の合戦で戦死するまで武田の先鋒を務めた。武田氏の滅亡後にその旧臣を召し抱えた徳川氏譜代の井伊直政は、武田にあやかった井伊の赤備えを編成し、小牧・長久手から関ケ原の合戦まで徳川の先鋒を務め、「井伊の赤鬼」と恐れられた。

最も名高いのが、真田幸村である。飯富、山県と同じく武田家に仕えた真田昌幸の次男幸村は関ケ原の合戦の後、紀州九度山に幽閉されるが、見張りの浅野家将兵を酔わせて脱出、大坂城に参陣する。敗色濃い豊臣家であったが、彼の軍団は不敗であり、天王寺口の戦いで家康本陣を攻撃し、三方ケ原の戦い以来と言われる本陣突き崩しを成し遂げ、「真田日本一の兵 古よりの物語にもこれなき由」(薩藩旧記)と賞賛された。ただ、ここで力尽き、越前松平氏の侍大将、西尾仁左衛門に討たれている。

◆赤は自分自身を奮い立たせる
源平合戦以来、緋色は華やかな甲冑の基本色である。戦場で目立てば鉄砲や弓矢の標的になりやすいのに、なぜ派手な鎧を着て戦ったのであろうか。  もっとも、西洋でも軍人が迷彩服に身を包むようになったのは第2次世界大戦以降の話で、ローマ軍団の指揮官は真紅のマント、中世の騎士は白銀の鎧に原色の盾や旗指物を翻している。鉄砲の出現後も、一斉射撃をものともせず突撃する英国の歩兵隊や、サーベルをかざして突撃するナポレオン騎兵の制服も紅である。

どうしてこのような不合理な軍装をするのか。英国の人類学者HillとBartonの研究で長年の疑問が氷解した。彼らは、オリンピックの格闘技(レスリング、ボクシング、テコンドー)でウエアの色を観察したところ、統計的に有意に赤のウエアが勝利したという。さらに欧州のサッカーでも同じように赤の勝率が青や白を上回ったという。面白いことに、鳥類や爬虫類では発情期の雄の婚姻色は赤で、より派手な色のほうが、地味な雄よりも多く子孫を残すという選択が働いている。

ではどうして赤が強いかというと、闘争に深くかかわる男性ホルモン・テストステロン(アンドロゲン)のレベルを上げる作用があるという。実際、トカゲの闘争で勝者と敗者を比較すると、赤い個体はそうでない個体に有意に勝利し、血中のテストステロン値も高いという。人間でも、テニスの試合で勝者は敗者よりもテストステロンが高いという報告や、ホームで試合をするとアウェイに遠征するよりも高くなるという報告がある。赤い衣装は敵ではなくて自分自身を鼓吹するためだったのである。

◆男性ホルモンの悲哀
交通違反の取り締まりでは、赤い車がスピード違反を起こす率が最も高いという。自ら赤い衣装を選ぶという心理傾向を有する人のテストステロンが高く、スピード運転を好むのかもしれぬ。

ただ、長篠で織田徳川連合軍の弾幕の中に散った山県昌景、家康の本陣を前に刀折れ矢尽きた真田幸村、そして赤い三葉機フォッカーDR1を縦横に操って英軍機を翻弄しながらも最後は撃墜されたリヒトホーヘン男爵と、赤を身にまとった英雄は栄光に満ちてはいるが、悲惨な最期を遂げることが多いように筆者には思われる。勇気は高揚しても、理性的な判断力を曇らせるのが男性ホルモン(あるいは男性性自体の)の悲しさかもしれない。(早川 智 日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授、メディカル朝日2011年5月号掲載)
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この連載コラムでは、豊富な文献と現代の知見を交えて歴史上のあの人を診断します。筆者の専攻は産婦人科感染症、生殖免疫学、感染免疫学。医史学にも造詣が深く著書に『源頼朝歯周病』『ミューズの病跡学I、II』があります。