日経、古田土(こだと)会計事務所の記事より。
ちょいちょい聞く、非常に特徴のある経営者の営む会社の話である。
午前六時から出勤する社員がおり、始業前には近所を清掃し、社長は入口に執務して毎朝社員と握手を交わし、社員全員でジャンケン大会をする。
公認会計士だった社長は、中小企業を顧客の主軸に据えると決心し事務所を設けたという。
こうなると、もうある種のカリスマである。
でそういう話はともかく。
そうした経営とか、管理とかのマネジメントスタイル、というのはとても大事で、一朝一夕にどうこうできるものではない。
例の「緊急ではない(ではできない)が、非常に重要なこと」である。
そして「それ」が出来ていないなぁ、とつくづく思うのである。
記事中の社長さんのように、徹底してやればもう他所とは全く違う「すごい会社」になる。
ここの社長さんは社員旅行で起きた事故が、今の経営方針の契機になった、と仰っているけれど、そうした機会を引き金にして、実際に変わっていけるかどうかというのは本人の力量というしかない。
そして思う。
自分もそういうこと、つまり"結果"を気にする年齢になったのだと。
あと先など考えず、結果やリスクを恐れて怯まない、というのは若さの特権である。
「これまでの自分には何もない。けれどこれからだ。」と心の底から思えない年代になってしまった。
人様を羨むわけではないけれど、最近そんなことをよく考える。
まあ、「だったら一日も早く取りかかれよ」というこれはこれで、何十年も前から同じ処方箋しか出てこないのだけれど。
「自分の所業の採点結果」をどんなタイミングで出していくのか、というのは案外重要なことなのではないだろうか。
通信簿のように、誰かから定期的に発行されないだけに、見極めをつける習慣は人生において大事なものだと思うのである。
(魂の中小企業)ジャンケンと背負う十字架
2014年6月10日22時00分わたしは中継カメラ。東京の江戸川区、とある地下鉄の駅ちかくの雑居ビルにある。税理士法人、ひらたくいえば会計事務所に設置されている……、ことにしておいてください(もちろん、ほんとうは、そんなカメラは設置されていません)。
今回は、5月のとある平日の朝、わたしが見たことを中継します。
◇
午前6時すぎ、ひとりめの社員が出社してきました。さらに、ひとり。
6時40分、代表社員、つまり社長さんが出社してきました。古田土満さん、61歳。古田土と書いて、「こだと」と読みます。全国の中小企業1900社ほどをお客さんにかかえる税理士法人「古田土会計」。古田土さんは、ちょっと不満そうな顔をしています。〈どうしたんですか?〉
「おはよう、中継カメラさん。早く来なくていい、というのに社員が来てしまうんですよ。本当は、わたしが一番乗りしたいんですけどねえ」
そういって、古田土さんは、入り口ちかくの席にすわりました。
〈あのお、社長さんの席は奥にあるんじゃないですか?〉
「いいえ、わたしの席はここ、いちばん前。ここに座っていれば、お客さまがいらしたこともわかるし、すべての社員とあいさつできるでしょ」
すべての社員とあいさつ? 意味が分からないんですけど……。そう聞こうと思ったのですが、古田土さんは書類に目をとおしはじめていました。
わたしの目、つまりカメラで、ぐるーっと室内を見わたしてみます。あれ、入り口のところに、おおきな鏡があります。なぜなんだろう?
そして、床には、両足の足跡が描かれています。なぜだ?
しばらくして、また、ある男性社員が、出社してきました。彼は、入り口のところにあるあの鏡で、全身をチェックしている。そうか、朝のスタートにあたって、身だしなみをチェックするんですね。
そして、床に描かれている足跡に両足をそろえます。なるほど。そして、事務所中に響きわたるおおきな声で、「おはようございます」。
その社員は、古田土さんの机の前に立ちます。古田土さんも立ちます。ふたりは両手でがっちり握手をして、「おはようございます」とあいさつを交わします。また社員が出社してきました。鏡、おはようございます、そして、古田土さんと握手。
古田土さんは、およそ30年まえ、この会計事務所をつくった人です。
〈失礼ですが、あなたはどんな人なんですか?〉
「中継カメラさん。では、わたしのことを、ざっとお話しましょ」
◇
古田土は、茨城にうまれた。目立たない少年だった。小学校でも中学校でも、成績は、真ん中のちょっと上あたり。中学では野球部だったが、外野で、打順は7番か8番。歌は、音痴。絵を描いたり物を作ったりがチョー苦手。
商業高校にすすみ、珠算部に入り、3年間、パチパチ。輝かしいことは、何ひとつなかった。どちらかといえば暗い少年。友達もあまりいなかった。
高校卒業をひかえ、就職先を考えた。不器用だし、人とのコミュニケーションも苦手。 営業マンは無理だな。そろばんができるので、税務職員になろう。
ところが、試験を受けたら、適性試験で落っこちた。100問中、60問は正解しなくてはいけないのに、回答しおわった問題が56問。つまり、箸にも棒にもひっかからなかった。門前払い。
落ちたんだ。就職への自信喪失。一浪して法政大学の経営学部に入った。
せっかく大学に入ったんだから、勉強を極めようと考えた。経理をまなぶ者たちのあこがれの資格、公認会計士になってやる。大学で、下宿で、朝から深夜まで、ひたすら勉強した。大学卒業の翌年、3度目の受験で合格した。
「中継カメラさん。わたしは能力がない分、勉強時間を増やすしかなかったのです。でも、勉強漬けの日々で、性格が変わりました。思い込んだら突き進む、猪突猛進(ちょとつもうしん)になったんです。これが、社長としてのいま、につながっているんですよ」
◇
ふたたび、わたくし中継カメラが、古田土会計の様子をリポートいたします。
社員たちが、つぎつぎに出社してきます。みなさん、鏡、あいさつ、そして古田土さんとの握手。さらに、事務所のあちこちから、聞こえてきます。
「○○さん、おはようございます」「◇◇さん、おはようございます」
それぞれが、あいさつを交わしているのです。社員は、およそ150人。あいさつが乱れ飛びます。
8時15分。ドーン。太鼓の音が響きます。この音に元気をもらった社員たちは、掃除用具をもって外へ。ちかくの駅前の掃除です。駅をつかう通勤、通学のみなさんに、笑顔と元気をふりまくのです。
20分ほどたって、社員たちが事務所にもどってきました。古田土さんが、わたしに向かって笑います。
「中継カメラさん、うちの名物がまもなくはじまります。そのまえに、起業にいたるまでの話を終わらせてしまいましょう」
◇
大学を卒業した翌年、公認会計士になった古田土は、とある監査法人に就職した。ここで古田土が感じたことは、みずからの能力のなさと仕事への違和感だった。
まず、まわりを見渡すと、優秀な公認会計士ばかり。みんな文章を書くのはうまいし、話も上手だし。自分はというと、文章は苦手、人前で話すのも苦手。
「このままやっても、鳴かず飛ばずで終わるだろうなあ」
監査法人の仕事は、あらさがしだと感じた。これが、仕事への違和感だった。
ここで、監査法人と、いま古田土が営んでいる会計事務所の違いを、ざっと説明しておく。監査法人は、公認会計士たちが、おもに大企業がまとめる決算書に虚偽、間違いがないかをチェックし、なければお墨付きをあたえる、という仕事である。会計事務所は、税理士たちが、おもに中小企業に、ときには経営についてアドバイスをしながら、いっしょに決算書をつくっていく仕事である。
「あらさがしは、ぼくの性に合わないなあ」
自信のなさと違和感。古田土は3年つとめ、監査法人をやめた、そして、会計事務所に1年つとめ、30歳で独立した。それが、いまの事務所である。
地位が人をつくる、ことがある。起業して社長になった古田土は、まさにそれだった。暗かった男が、お客さんに、社員たちに、笑顔、笑顔をふりまけるようになった。人とのコミュニケーションが苦手だった男が、お客さんに、社員たちとなめらかに話せるようになった。
古田土は、考えた。
どうせ働くなら、人に思いっきり喜ばれたい。
会計事務所の仕事を喜んでくれるのは、だれだろう。資産家ではない、お医者さんでもない。おカネに困っていないんだから。
働く人の7割が働いているのは中小企業だ。ここの人たちに喜んでもらいたい。
よし、ぼくは、中小企業を日本一元気にする会計事務所にしてみせる。
それには、ぼく自身が、そして事務所が元気にならなくてどうするんだ!
「じゃあ中継カメラさん。毎朝の名物イベントをご覧ください」
◇
それは、8時45分からの朝礼でした。社員たちが円陣になります。そして、隣り合った人どうしが、全身をつかってするのです。何をするのですかって? これです。
「最初はグー、じゃんけんぽん」
勝った人は、両手をあげて、「勝ったー」と喜びます。負けた人も両手をあげます。そして、大きな声でこういいます。「ありがとう」
何かつらいことがあったとき、落ち込みますね。悔しいことがあったとき、悔しいと思いますね。でも、感情の起伏を表にだしていては、中小企業を日本一元気にする事務所にはなれません。
だから、悔しくても「ありがとう」というのです。人を前向きにする魔法の5文字、つかうのはタダですから。
さらに、お互いのいいところをほめあいます。「笑顔がすばらしい」などと。
古田土さんはいいます。
「この朝礼は、うちのオリジナルではありません。いろいろな会社のいいところを取り入れて、うちなりにアレンジしています。中小企業を日本一元気にする事務所にするためには、社員が元気にならなくてはいけません。だから、いいものはパクります」
そんな朝の風景を中継していて、中継カメラであるわたしは、思いました。どうもさわやかすぎる、裏があるんではないか、と。
〈どうなんです、古田土さん?〉
「じつは……、わたしは十字架を背負っています。この事務所を盛り上げて、ぜったいつぶさないと誓った出来事があったのです」
◇
いまから20年あまりまえの春、まだ、社員は15人ぐらいだった。忙しかった日々が一段落し、みんなで遊びにいくことになった。東京の都心から西へ車で一時間ほどいった渓谷でバーベキューをしよう、ということになったのだ。
車3台に分乗し、西へ向かう。運転するのは、社員たちだ。
その途中だった。一台の車が、事故をおこしてしまったのだ。運転していた男性社員はあばら骨を折った。それだけでも、たいへんなことだ。
より深刻だったのは、同乗していた女性社員だった。医師から「今晩がヤマです」と言われるほどの重体。集中治療室のまえで、彼女の両親から、古田土は罵倒された。
「殺人者!」
彼女は回復した。彼女は、結婚をひかえていた。腰を強くうってしまい、これから家庭を築くうえでおおきなハンディを背負うことになってしまった。
社員旅行での事故は、社長である古田土に全責任がある。おわびをつづけ、なんとか許してもらった。古田土は、いま、彼女に在宅勤務をしてもらっている。
そして、古田土は、涙ながらに誓ったのである。
せめてもの償いは、会社をつぶさないことだ。ぜったいつぶれない会社をつくることだ。そして、何があっても社員たちを守りぬくことだ。
これまで古田土のもとには、不動産に投資しませんか、株式投資しませんか、といった数々の勧誘の声があった。だが、聞く耳をもたなかった。投資に失敗すれば会社がつぶれかねないからだ。
給与、ボーナスとも現金支給をつらぬいている。給料日には、古田土が、社員やパートたちの席をまわって、現金を手渡す。「ありがとう」といって。
毎年、社員旅行にもいく。ただし、バスで。運転するのは、もちろん、プロの運転手である。そして、2年に1回は、海外へ。
税理士法人「古田土会計」の経営理念には、こうある。
「一生あなたと家族を守る」
◇
中継カメラであるわたしは、ある日の朝を追いかけています。
朝9時をすぎたころから、何人ものお客さんが訪れます。月次決算書のつくり方を指導したり、お金の残し方をアドバイスしたりなど、事務所は一日中、にぎやかです。古田土さんたちみなさんは、笑顔を絶やしません。事務所に、いらっしゃいませ、ありがとうございました、などのあいさつがやみません。
さらに、この事務所、踊っちゃってます。AKB48の「恋するフォーチュンクッキー」。動画を公開中です。
とにかく元気です。それは、から元気かもしれません。演出した元気、かもしれません。でも、そういわれたって、かまわないのだそうです。
「人間は、会社は、行動することで変わる。わたしはそう信じているんです」
朝礼の見学者が絶えません。口コミで、お客さんが毎年、100社以上増えています。
レイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説で、主人公の探偵フィリップ・マーロウが、こんな名言を残しています。
「タフじゃなければ生きていけない。やさしくなくては、生きている資格がない」
わたしは、思いました。
「タフじゃなければ生きていけない。その人より元気でなくては、元気にする資格がない」
以上、東京は江戸川区より、中継カメラがお送りしました。(一部敬称略)
◇
中島隆(なかじま・たかし) 朝日新聞編集委員。福岡県生まれ。東大経済学部卒。鹿児島支局をふりだしに、西部、東京、大阪各本社の経済部記者。名古屋報道センター次長、東京生活部次長、「ニッポン人脈記」チーム、中小企業専門記者をへて、2012年4月から現職。著書に「魂の中小企業」(朝日新聞出版)