藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

投資と消費の区別。


お金は借りると「利子」がつく。
利子をリスクの代わりととるか、投資に対する配当と解釈するか。
それはともかく。

そうした「プレミアム」を負っているということである。

他人から「借財」をしてでも、何かをしたい、というのは立派な事業(やイベント)の動機である。
だが、「いつかは何%かの感謝を上乗せして返さねばならない」という紐付きのお金でもある。

事業でする借金は、まだいい。(それでもあまりお勧めはしない。理由は自分の器が見えなくなるから。それはともかく。)
しかし、個人でする借金、例えば住宅ローンとか、クレジットとか、車のローンとか。

個人で借りるお金、つまり「消費財」に向けてのお金には「出口」がないことが多い。

つまり、「何処かへ向けての事業投資」ではないのである。
つまり、「すべてが負担になる」ということ。
しかも、返済する個人は「所得税地方税などを支払った後」の"絞り取ったような所得"からの返済原資である。

いくら住宅や車が大きな買い物だからといって、実は「借り入れ」をしてまで必要ななものかどうか。
自分もそうだったが「今目に見えるブツを手に入れる」ということは、客観的な目を眩ませる。

ただ、「住宅とか車とか」は"再投資"に向かわない。

消費されるだけである。

この仕組みに気付かないと、消費のための借金にも抵抗がなくなるのである。
世間の習慣に惑わされてはいけない。

「借金を返済しながらの買い物」をする必要はない。
消費財をかうのなら、借金の利子がつかないような形でなければならないと思う。

「買ったそのまま動かない物」に利子を払う、ということを今一度考え直し、「投資と消費の区別」をつけるべきだと思う。
消費は消費、と分かった上で楽しく使うべきではないだろうか。
何とかローン、には注意が必要だ。