*[ウェブ進化論]苦労と成長の蜜月。
いつの時代にも筋トレを指向する人は一定数いるし、習い事や学問を学び続ける人も多い。
筋トレは、一見辛い運動をして、その後に訪れる筋肉の成長を喜びにしている。
つまり「しんどいこと」と「その見返り」をダイレクトに楽しんでいるのだろう。
「苦労の成果が目に見える形で現れる」からモチベーションが保ちやすいのだ。
これは習い事や学問でも同様で、筋トレほどではないが「徐々に上達している」とか「造詣がだんだん深くなる」ということが、その先の継続のための原動力になっている。
筋肉量であれ、技術であれ知識であれ、自分たちは「成長があるかどうか」を相当に重要視している生き物のようだ。
それがあれば相当頑張れる。
そして「それ」がなければ、毎日は灰色に見えるだろう。
仕事でも同様で、日々の苦労やプレッシャーが「何かの成長になっているかどうか」を考えてみて、「さらなる継続の動機」を持てるかどうかを気にしていたいと思う。
いろんな苦労やブレッシャーは、必ず何かの役には立っているものだが、それがどう考えても"成長の糧"になっていないとすれば、仕事とか環境を変えるタイミングなのではないだろうか。
「成長がないこと」ほど辛くもったいない時間のない使い方はない。