藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

教育の総括。


保育園に入れるか入れないか、という話をよく聴くが、あまり「子供と一緒に過ごすべきだ」という声は聞かない。
まあそう思っている人は特に騒がないのかもしれないが。


・自分は人格形成期、とよく言われる3才くらいまでは預けずにいた方がよいと思うが、まずそんなプリミティブなことを考慮。


ところで
自分の知り合いに、神社の生まれで、禰宜(ねぎ)であり、会社の社長であり、J1リーグの社長であり、学校法人の理事長でもある人がいる。
池田弘さんという


池田さんは、なんと自分のお寺の中に学校を作ったという。


なるほど。
寺。
これだ。

教育のニーズ

今の二十代、三十代は戦後のさらに安定期に生まれ育った。


自分など新幹線開通の年の生まれだが、いま当時の映像などに触れるとかなり古臭い。
万博が象徴的なスタートとなる高度成長期の前、だからやはり時代が違う感じがする。


そして、それからどんどん「製造業」が強くなり、世界一、と言われるようになり、そして90年代以降は激しいソフト化の潮流が起こり、今にいたるわけだ。


この間、いわゆる「熟成したライフスタイル」というのは、特に我われ中流にはなかなかなかった。
どんどん仕事や生活レベルが変わっていく中で、核家族や、シングルマザーや、主夫や、ニートなどずい分多様なカテゴリーが現れるようになったと思う。


そしていまやその七割が「サービス産業」になった日本。
そろそろ教育の総括、をしてもよいのではないかと思う。

親の品格 (PHP新書)

親の品格 (PHP新書)

この本にはそういうことが書いてあった。


そして何となく、ヨーロッパのように「プライドを持ちながら枯れてゆく」のではないだろうか。


教えることを考える

仕事について、人生について、家族について、結婚について。
きちんと学校では教わらない、人生のための知恵。


いま本当に伝えなければいけない、いわゆるソフト情報。
それを伝える保育所
それなら、幼児ばかりでなく、小中高、といろんな人が通うと思う。
何か人生道場みたいだが、親すら生徒となるだろう。


そこでの先生は、年寄り。
団塊の世代、そしてその上。


ソフト化する現代に、戦争経験〜高度成長期の只中を経験した大人が聞く、語る、教える。
自分など70才オーバーの人の話はすごく興味がある。
早く聞いておかないと、と。


お寺と提携

そういえば、昔はお寺が幼稚園を兼ねている、というのはずい分数多かった。
あれを保育園版をやるのだ。


預ける時間は基本自由。


預ける母親が夜遅くたっていい。
朝帰りもアリ。
たまには遊んだっていいのだ。


親の意見、子供の様子、壮年・老年の知恵。
そんなものが交流する場。


昔の大家族、のいいところを集めたような。
いろいろ摩擦もあるだろうが、絶対に必要な組み合わせだと思っている。


事業化の次の夢。