いまさらながらに。
年を取ればとるほど、「一から出直し」みたいなことは、正直辛い。
けどそれでもやろう、と思って四十過ぎて音楽に挑みだした。
毎日、基礎練習からしなければ上達はない。
だが一日で充てられる時間は限られている。
気持ちは結構焦るが、そこはオトナである。
無理せず、ゆっくり、と自分に言い聞かせて、それでも少し、一歩づつ。
さて。
古典派、ロマン派から近代、現代、ポップス、ジャズと。
アマチュアが練習する場合でも、ジャンルは様々である。
ロマン派までの作品は一曲が大体4ページ程度と手軽である。
ベートーベンのソナタは18ページ。
しかも繰り返しアリ。
これまで億劫だったのが、なぜか「深み」を感じたくて挑んでみる。
ピアノソナタop13、悲愴。
意外。
意外や意外。
楽しい。
一つ一つの譜面は決して難しくない。
ただ、圧倒的な量で、圧倒的な物語性でプレイヤーに迫ってくる感じ。
練習し始めてすぐに、その他の曲に向かえなくなる。
何度弾いてもうまくならないが、それでも何度も繰り返したくなる。
18ページもの曲を一日に何度も繰り返して練習したくなる、というのはこれまでにない経験である。
また同時にこれまで練習してきた他の曲はどんどん錆びついてしまう、との焦燥感も強くなる。
これまで悲愴の第二楽章だけを練習していたのでは、味わえない曲の全大感を感じることになった、ああ46才の春。
だから音楽は楽しいし、また偉大な演奏家や作曲家は途方もなく尊敬できる、バーチャルな目標なのである。
年はいくつになっても、まだまだ学ぶ道筋が残されている、というのは楽しいことである。
それが「無意味の集積」でないことは、何より当人が分かっている。
芸術は、だから偉大な「道」なのだろう。
この辺のことが、何となく最近の関心事である。