藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

なくなる「お嫁入り」


先日のこと。
気丈で、いわゆる「男勝り」で有名な女性の演奏家が「私のようなものをもらっていただいて…」と話しているのに驚く。
その普段の物言いからは、「私と夫はパートナー。互いに五分の関係ですから」というような発言がぴったりの人なのに、結婚については妙に謙虚な感じがしたのである。


「お嫁にもらう」というのは日本だけの感性かいな、と思い米国の友人に聞く。

「いや、そうでもないよ。give my daughter to〜、とかmarry offとかいうからねー。」
とのことである。
marry offの「off」って何だろうか。(疑)


今や一昔前の「夫が働き、妻は家庭に入る」的な概念の残り香だろうか。
日常的にも「嫁に行く」とか「嫁に行きたい」という表現は普通である。
決して「婿に行く(というと養子を意味するだろう)」とか「婿に行きたい」とは言わない。
(何か言ったらイジめられそうである)


「フジノはついにムコに行くことにしたらしい。」
というのは妙な表現である。


経済が萎(しぼ)み、個人の所得が減少していて、これからの時代は「夫婦共働きが基本」だそうである。

いよいよ「嫁に行く」vs「婿に行く」と
「嫁をもらう」vs「婿をもらう」、
「嫁を探す」vs「婿を探す」というのが全く「同じ感性」を表す時代が来るのかもしれない。