藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

読売サイエンスより

http://www.yomiuri.co.jp/science/kyoten/kyo120127_01.htm
「あらゆるものは原子からできている」というお題。
講演は東大物性研の家教授。
いきなり「電子の軌道がどう」とか「スピン角の対象性が」とかいう話ではなく。
書き出しからふるっている。

ノーベル物理学賞を受賞したリチャード・ファインマン氏は、「もしも大天変地異であらゆる科学業績が失われることになり、たった一つだけ残せるとしたら『あらゆるものは原子からできている』という原子仮説を挙げる」

素敵である。
キャッチー。
こういう書き出しは、その後について「おお、読むぞ」という気にさせる。
なんというか知的でありつつ、力が漲っているというか。
そして、イメージをこしらえて理解しにくい原子の話にも、現代のコンピュータを引いてのわかりやすい導入部。
自分はこの導入部があったので、最後まで一気に読んでしまった。

コンピューターの頭脳にあたる中央演算処理装置(CPU)は、半導体の中の電子のふるまいを利用しており、コンピューターのメモリーは、磁性体の向きで情報を記憶している。これも物性科学の成果だ。

もしもこんな風に高校の物理の授業の導入部が始まっていたなら、今はもっと別の職業についていたかもしれない、などと思う。
教育と言うのは時には大きな"きっかけ"になるものである。

あらゆるものは原子からできている
物性科学のあらましを説明する家泰弘所長
 ノーベル物理学賞を受賞したリチャード・ファインマン氏は、「もしも大天変地異であらゆる科学業績が失われることになり、たった一つだけ残せるとしたら『あらゆるものは原子からできている』という原子仮説を挙げる」と言っている。この基本となる原子の性質から、物質の持つ複雑な性質を解き明かそうというのが物性科学だ。

図1=コンピューターの中央演算装置(CPU)など、さまざまなものに物性科学の成果が使われている。
 現代社会を象徴するのは、コンピューターや携帯電話などの電子機器だ。コンピューターの頭脳にあたる中央演算処理装置(CPU)は、半導体の中の電子のふるまいを利用しており、コンピューターのメモリーは、磁性体の向きで情報を記憶している。これも物性科学の成果だ。他にも発光ダイオードや、CDなどに使われている半導体レーザー、すばる望遠鏡のCCDカメラや、スーパーカミオカンデ光電子増倍管、医学検査に使う磁気共鳴画像(MRI)や液晶、紙おむつに使われる高分子ゲルなど、さまざまな物性科学の成果が現代社会に還元されている。(図1)
 東大の物性研究所は1957年に設立された、物性科学分野における国際的な総合研究所だ。ナノスケール物性研究や超高圧など極限環境物性研究など五つの研究部門と、国際超強磁場科学施設など五つの研究施設があり、大学院生も合わせて300〜400人が研究している。

図2=電子ボルトという単位は、身近な品物でも使われている。
 物質にはさまざまな性質がある。ダイヤモンドはなぜ硬く、同じ炭素でできた黒鉛と性質が違うのか。金はなぜ軟らかいのか。鉄は磁石になるのに、アルミはなぜ磁石にならないのか。銅はなぜ電気を通すのか。物性科学は、そうした不思議を、10億分の1メートルほどの大きさの原子の性質から解き明かす学問だ。
 物性科学に登場するのは、電子と原子核(陽子と中性子からなる)、それに光子(電磁波)だけだ。そして相互作用としては、電磁相互作用のみを考えればよい。ここで使う典型的なエネルギーの単位は、電子ボルトという。電子を1ボルトの電位差で加速したときのエネルギーにあたり、1・5ボルトの乾電池は1・5電子ボルト。レーザーポインターの赤色が1・5電子ボルト、緑が2・5電子ボルトほどだ。そもそも可視光がなぜ1〜3電子ボルトなのかというと、我々の目には光を感じて変化するたんぱく質があり、これが変化することで目に見える色が変わる。このたんぱく質の変化が起こるエネルギーが1〜3電子ボルトなのだ。(図2)
原子の構造と電子の関係

図3=電子のエネルギー準位は飛び飛びの値しかとれない。
 第一に、原子の構造を考えよう。一番軽い原子は水素原子だ。陽子のまわりに電子1個が回っている。陽子は電子にくらべて1800倍も重いので、じっとしており、電子は惑星のようにそのまわりを回っている。水素という箱の中に、電子が閉じこめられた状態とも言える。電子は粒子であり、波としての性質も併せ持っている。ここで、閉じこめられた電子を波として考えると、両端が固定されたギターの弦の振動のように動く。この際の振動パターンは決まっていて、とびとびのパターンしかとれない。この電子が存在することができるパターンをエネルギー準位と呼ぶ。(図3)

図4=原子の中の電子の配置をホテルにたとえると、エネルギー準位をホテルの階数、電子2つのセットを2人部屋が並ぶホテルの部屋にたとえることができる。
 例えばナトリウムには11個の電子がある。電子は各エネルギー準位に順に収容される。この状態を地下に作られたホテルの部屋にたとえてみよう。(原子核に最も近い)最下階には部屋は1室、2階は4室、3階は9室の部屋があるようなものだ。各部屋は「2人部屋」で、上向きの自転(スピン)を持つ電子と下向きの電子の計2個が、最下階から順に入っていく。このとき、原子の化学的性質を決めているのは、ホテルの部屋のうち、外との出入りが一番しやすい、最上階にいる電子(価電子)になる。元素周期表をたてに見たとき、元素の性質が似ているのは、この最上階の電子の数が同じだからだ。(図4)
電気の流れやすさはどう決まる

図5=電子が詰まっていると電子は動けずに絶縁体になる。電子が動くすきまがあれば電気が流れる。
 第二に、原子が集まった固体を考えてみよう。たとえば、水素原子を近づけると、電子同士の間に、ばねのような力が働き、同じ方向に揺れる低い振動(低いエネルギー)と、ばねが伸び縮みする高い振動(高いエネルギー)の2種類の振動とに分かれる。低いエネルギーの方が落ち着きやすいので、水素原子同士をくっつけると、低いエネルギーで落ち着き、2個の原子はくっついて水素分子になりやすい。
 もっとたくさんの原子を周期的に並べると、互いの電子の通り道が重なり、電子が収容されているエネルギー準位が、電子の飛び移りによって帯のように広がる。電気の流れやすさは、この帯の中に、どのように電子が詰まっているかで決まる。電気を通さない絶縁体では、この帯の中に電子がぎちぎちに詰まって固まっている。電子は動けないので、電気は流れない。(図5)

図6=半導体の場合、電子を供給もしくは受容する不純物を混ぜることで電気が流れやすくなる。
  一方、電気が流れる金属は、帯の中がぎちぎちに詰まっておらず、電子が流れる余裕がある。また、半導体は絶縁体と同じく、帯の中は詰まっているが、帯同士のすきまが狭いので、熱や光によって電子が上の帯に飛び出しやすく、電子が動けるようになる。だから、半導体は熱や光吸収で電気が流れるようになるのだ。
 ただし、半導体はすきまが狭いとはいえ、すきまの大きさが1電子ボルトほどあり、電子が飛び移るには、温度に換算すると約1万度ほどの大きなエネルギーが必要になる。そこで、ドーピングという方法を使うのが普通だ。(図6)たとえば、シリコン結晶に、シリコンより1個だけ電子が多いリンを不純物として混ぜると、リンが持っている余分な電子はリン不純物に弱く束縛された状態となる。この電子は容易に上の帯に移って、自由に動くことができる。逆にシリコンに比べて1個電子が少ないアルミニウムを混ぜると、帯の中に詰まっている電子が吸収され、帯に余裕ができてやはり電子が流れるようになる。リンのような電子を供給するような半導体をn型、電子を吸収するのをp型と呼ぶ。このn型、p型の半導体を互いにくっつけることで、発光ダイオード太陽光発電などが開発された。
磁石になるもの、ならないもの

図7=物質としての磁石になるには、原子が持っているミクロの磁石の向きがそろうなどの条件が必要になる。
 第三に、物質の性質について考えよう。
 たとえば、原子は1個1個がミクロな磁石の性質を持っている。それらの磁石が同じ向きにそろうなどして、全体として磁石としての性質を持つことを強磁性という。(図7)
 ある原子が、磁石としての性質を強く持っているかどうかは、原子の中の電子の詰まり方によって決まっている。再び、電子が収容されたホテルを考えてみよう。このホテルの部屋は、2人部屋で1部屋に自転(スピン)が上向きと下向きの電子がセットで入っている。ところが、3階にある一連の部屋(d軌道)では、まずスピンが上向きの電子が各部屋を占めていき、その後にスピンが下向きの電子が各部屋を埋めていく、という特殊な状態になりやすい。これが、鉄など磁石になりやすい遷移元素と呼ばれる原子だ。
 一方、それぞれの原子の向きは、同じ方向にそろう方がエネルギー的に得だという法則がある。このため、温度が高い高エネルギー状態では、各原子は勝手な方向を向いており、磁石の性質は持たない。しかし、温度が下がってくると、にわかに「隣と同じ向きになる方が得だ」とばかりに、同じ向きを向こうとしはじめ、ある瞬間に突然、向きがきれいにそろって磁石になる。
 ただし、原子の中には、隣と逆向きになる性質を持つものもあり、これを反強磁性と呼ぶ。また、隣と向きは逆だが、ミクロな磁石の大きさが違うために全体として上か下どちらかが優勢になっているような物質の持つ性質をフェリ磁性と呼ぶ。この逆向きになりたがる原子を正三角形になるよう配置すると、どちらを向けばいいのか分からず、向きがふらふらするという興味深い性質も持っている。
 私たちは、こうした性質を利用し、さまざまな物質を作り出そうとしている。たとえば、原子を近づけると、電子のエネルギー準位の帯が広がるのを利用して、高圧下で原子同士を無理やり近づけてみよう。すると、帯はすきまを乗り越えて重なりあい、電子が流れるようになる。つまり、基本的には、どんな物質も高圧にすることで電気が流れるようになる。
 また、「モット絶縁体」という、面白い性質を持つものもある。電子のホテルは2人部屋だが、モット絶縁体を構成する原子の部屋は2段ベッドで、電子は、下のベッドが空いている部屋から順に入っていく。この時、ベッドの数と電子の数がちょうど同じ場合、2段ベッドの上は空いているにもかかわらず、電子が身動きができない状態になる。こういう物質に不純物を加え、電子の数を調整すると、一気に電気が流れるようになって、超電導体になるのだ。
物性科学に集まる期待

図8=超伝導物質の開発が過去100年で進み、現在は室温超電導物質の開発などに期待が寄せられている。
 昨年は、超電導発見からちょうど100年だった。(図8)その間、いくつも超電導になる物質が見つかったが、非常に低温でしか超電導にならなかった。しかし、最近になって、従来に比べて飛躍的に高い温度で超電導を示す物質が見つかってきた。今、一番高い温度で超電導になるのは、水銀を含むもので、マイナス120度ほど。もし、もっと高温で超電導になる「室温超電導」が実現すれば、いろいろな応用が考えられる。
 また、電子の向きなどを利用した技術で、高性能コンピューターなどに応用が期待されるスピントロニクスという技術も研究されている。
 あらゆる物質は原子からできていて、100種類あまりの元素がある。この元素の組み合わせは膨大であり、今後もめざましい性質を持つ新しい物質が誕生する可能性がある。一つの物質でも、圧力や磁場、温度などのさまざまな環境を変えることで、まったく異なる性質を見せる場合もある。今後も研究を進め、物質の中で何が起こっているのか理解を深めたい。
質疑応答 Q 周期表について、原子の質量数はなぜ、12や14のように整数なのか。
 A 質量数は、原子核を構成する陽子と中性子を足した数のため、必ず整数になる。陽子と中性子は、重さがほとんど同じで、その数と原子の重さは比例している。
 Q 周期表の遷移金属の色はなぜ違うのか。
 A 金属というのは、当たった光をすべて反射して銀色になる。金や銅は一部の光を吸収して、特有の色に見える。これは、電子が収容されているd軌道と呼ばれる部屋の状態で決まってくる。
 Q 宇宙には周期表以外の元素はあるか。
 A 簡単にいうとない。宇宙誕生時の大爆発(ビッグバン)で、水素など軽いものがまずでき、集まって星になり、どんどん重い元素ができていく。これが超新星爆発で宇宙にばらまかれている。そのプロセスは宇宙共通だ。
 Q 高温超電導はどんな物質が有望なのか分からないと聞いたが、今は体系だった理論はできているのか。
 A 新しい物質探しはいまだに宝探しみたいなところがある。
 Q 遷移元素の一つであるマンガンはなぜ磁性を持たないのか。
 A 原子としては磁性を持っている。しかし、結晶構造になると原子の向きがそれぞれ逆向きになる場合が多いためだ。
「物性科学 はじめの三歩」(1月20日開催)
東京大学物性研究所・家 泰弘所長

家 泰弘(いえ・やすひろ) 1974年東大理学部物理学科卒。東大物性研助手、米IBMトーマス・J・ワトソンリサーチセンター客員研究員、東大物性研助教授を歴任。94年、同研究所教授に就任し、2008年から現職。
(2012年1月27日 読売新聞)