藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

中村紘子さん

最終回。
名残惜しいけれど、聞き手の能力もあるのだろう、見事に起承転結している。
ことは中村さんの生業である「クラシックのこれから」のこと。

――クラシック音楽に未来はありますか
役目を終えてはいないと思いますが、大きな未来があるとは思えないですね。
表現形式も楽器も完成しているから、それを上回る魅力を持った音楽がこの先出現するかどうか。

「役目を終えてはいないが、大きな未来があるとは思えない。」
自分は何人かの音楽家に同じ質問をしたことがあるが、ここまで喝破した人には会ったことがない。
理由は「表現形式も楽器も完成しているから、それを上回る魅力を持った音楽がこの先出現するかどうか。」という。
そうなのだ。

そして最後は音楽の本質の話へ。

いい音楽は演奏家に触感的な感動を与えるんです。
キーを通したある種のエクスタシー、その恍惚(こうこつ)感が聴衆に伝わる。

音楽とはこういうものなのか。
演奏家に触感的な感動を与える。」
"触感的な感動"とは何だろうか。
触感的。

分からない・・・
まだ自分には分かり得ないレベルの話ではあるが、なんだかワクワクする。
いつかそんな日が来ればいいけど。

 加えて、天才が生まれる土壌が社会にありません。
時間をかけて育まねばならないのに、
大衆社会は才能ある人の足を引っ張るか、成熟を待たないまま摩耗させてしまう。

一種の大衆迎合をしないと世の中に出られない面もある。
クラシックはそもそも、愛好人口が広がる性質の音楽ではなかったと思います。
むしろ現代の日本はかなり広がっている方ではないでしょうか。

さすがの鋭い背景分析だと思う。

大衆社会は才能ある人の足を引っ張るか、成熟を待たないまま摩耗させてしまう。

というこの言葉は、今の日本の起業文化を彷彿させるではないか。
何事も即物的、刹那的になり、「じっくりと気を待てない」のは今のウェブ社会の縮図そのままである。
昨今のいわゆる「劇場型」の世間の気質は、現代の本質的な問題であり、その原因はインターネットにあるのかもしれないと思う。
(けれど情報過多、が悪いのではなくまだ自分たちが「それ」との付き合い方を編み出していないだけだろうと思う。「そういう目」で社会と接しなければならないのではないかと思った。)

世界の文化と音楽。
いろいろあるけれど、やっぱりこれと接していたいと思うのであった。(おわり)

(人生の贈りもの)中村紘子(69):5

■じっくり育みたい次代の才能
――国の予算削減など、芸術への逆風に積極的に発言します
音楽関係の団体から頼まれてしてきただけなんですが。ただ、文化の力は大切だと実感します。直接的な経済効果を生まなくても、音楽を聴くことで育つ想像力や感受性がある。韓国は日本の半分の人口なのに、国を挙げて文化的なイメージをアピールしている。日本が上昇気流に乗っていた時代は過ぎ去ったのですから、もう少し真剣に考えないと。
――外国の演奏家を自宅に招いてごちそうするそうですね
若い頃、外国へ演奏旅行に行って孤独を感じていると、旅先で知り合った音楽家がご家族の手料理でもてなして下さった。それだけでその国のイメージがよくなり、一生忘れない。だから私も、外国の音楽家から来日の連絡があると、ご飯を食べにいらっしゃいと誘うように心がけています。料理は時間のある時に作って冷凍しておくんです。
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の70人くらいが来た時は、百人分の料理とビール40リットルが3分でなくなりました。「ヒロコがごちそうしてくれるから、朝昼抜いてきた」なんて人もいて。
――日本人がクラシック音楽をする意味は何でしょうか
若い頃から一番の悩みでした。でも、世の中がグローバルになって、いいものはいいと納得できるようになりました。アジアをはじめ「非本場」の演奏家がこれだけ台頭していますし。
1970年代にドイツのライプチヒで演奏した時、「なぜ日本人なのにバッハがうまいのか」と聴衆に質問されました。とっさに「あなたがたも上手に有田焼のコピーをなさいましたね」と返したんです。たまたま、マイセンと日本の陶磁器の展覧会のポスターを近くで見たもので。
――クラシック音楽に未来はありますか
役目を終えてはいないと思いますが、大きな未来があるとは思えないですね。表現形式も楽器も完成しているから、それを上回る魅力を持った音楽がこの先出現するかどうか。いい音楽は演奏家に触感的な感動を与えるんです。キーを通したある種のエクスタシー、その恍惚(こうこつ)感が聴衆に伝わる。
 加えて、天才が生まれる土壌が社会にありません。時間をかけて育まねばならないのに、大衆社会は才能ある人の足を引っ張るか、成熟を待たないまま摩耗させてしまう。一種の大衆迎合をしないと世の中に出られない面もある。クラシックはそもそも、愛好人口が広がる性質の音楽ではなかったと思います。むしろ現代の日本はかなり広がっている方ではないでしょうか。
 ――いま、何に関心を持っていますか
 月並みですが、またショパンにのめり込んでいるんです。7月、東京交響楽団定期演奏会で久しぶりに協奏曲第2番を弾いたんです。秋はマズルカを勉強しようかなと。9月の東京公演で弾くつもりです。これほどピアノの魅力を尽きせぬ美しさで伝えてくれる音楽はありませんから。(聞き手・星野学)=おわり