藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

{お気に入り}感性への肉迫。

野太い声で「テクニ〜クスゥウ〜」というあのブランドがまた帰ってくるという。
頼もしい。
けれどこのブランドを一度撤退に追い込んだのは、他ならぬ消費者でもあるだろう。
よく消費財やブランドマーケティングをする人が言う「消費者に合わせ、リードできる商品」という性格は常に付きまとう宿命のようなものである。

「感性評価を徹底的に開発に取り入れた」

自分は『プロダクト・アウトとマーケット・イン』という考え方は、今でも非常に重要だと思っているが、「優れた技術をどれだけマーケットに響く形に仕上げられるか」という両にらみの調整力が肝心なのに違いない。

自分も決して一流とは言えないオーディオ好きだが、今のような「ネットワークありき、安価なハードディスクありき」の時代に、価格競争に消耗することなく、「品質本位」「クォリティ重視」の製品をいかにユーザーに働き掛けていくかというのは安価なダウンロード時代に対する真っ向からの挑戦であると思う。

「価格は高級システムで400万〜500万円、コンポは約40万円の見込み。18年までに年100億円の売り上げを目標にする。」

という試みが今の音質と便利さに慣れきった(とみえる)消費者にどれだけの意識改革を起こせるか。
(つまり某欧米音響メーカーの製品とは全く違った製品を印象付けられるか)
ということである。
「音」という見えにくい、感性が主流となる世界で「価格や便利さが至上の製品」に対抗しようという当プロジェクトはぜひとも実を結んでもらいたいと思う。
「この40万円のコンポが欲しい」という埋もれている人を目覚めさせる仕事である。

テクニクス」復活の扉開いたプロピアニスト理事
2014/9/10 7:00
日本経済新聞 電子版
パナソニックは高級オーディオブランド「テクニクス」を4年ぶりに復活させる。原音を忠実に再現することに徹底的にこだわり、世界のオーディオ機器市場での復権を狙う。テクニクスの成長戦略を担うのは、プロのジャズピアニスト、技術者、そして経営幹部の3つの顔を併せ持つ理事の小川理子。際だった経歴をもとに「感性と技術の融合」を唱える小川が奏でるテクニクス復活の序曲は、世界のオーディオ愛好家を魅了できるか。

■CD14枚発売の実績
小川理事はプロのジャズピアニスト、技術者、経営幹部の3つの顔を併せ持つ

欧州最大の家電見本市「IFA2014」でパナソニックが3日開いたテクニクスの記者発表会。幕開けは小川のピアノ演奏だった。選曲したのはアイルランド民謡「ダニー・ボーイ」で、ジャズ風に即興でアレンジしたという。「エモーティブな人々に訴えかけられるきれいなメロディーで、テクニクスのコンセプトに合う」(小川)というのが選曲の理由だった。

「感性」「感情」はテクニクスのブランドの根幹をなす重要なキーワードであり、小川が最もこだわる領域だ。「日本のまじめな技術者たちは物理特性だけで原音を忠実に再現しようとする。だが、『音が明るい』『柔らかい』『硬い』といった感性部分を数字で表すのは難しい。だからこそ、私の音楽経験が生きると確信している」

3歳からクラシックピアノを学び始めた小川はジャズ好きの父親の影響を受け、独学でジャズを習得した。ビクターエンタテインメントからCDをリリースするなど、これまでに14枚のCDを発売した実績があるプロのジャズピアニストだ。一方、慶応義塾大理工卒で電気工学を研究した「リケジョ」。

様々な道が開けていたが、パナソニック入社を決めたのは「音に携わる仕事にあこがれていて、(パナソニック)音響研究所の学会論文に感銘を受けた」から。入社後は音響研究所などでテクニクスのオーディオ機器の開発に携わった。大阪フィルハーモニー協会理事などの公職も務めたことがある。

■すべてのキャリアは「テクニクス復活のために」
小川は感性と技術の融合を実現させるため「感性評価を徹底的に開発に取り入れた」と話す。開発チームに「サウンドコミッティ」という音の感性評価を手掛ける委員会を設け、「測定器ではかれない、いい音を目指した」。試作品ができあがるたびに、測定結果と耳で聞いた音質を照合するなどして、音質評価を何百回も繰り返したという。

「感性」と「技術」を融合し、音の感動を伝えるブランドを目指す

テクニクスの設計思想は原音再生だ。ギターやピアノの演奏者があたかも目の前で楽器を奏でるように、音や歌声の発する位置までを忠実に再現することを目指している。「時間と空間の芸術が音楽。今までのキャリアはこのテクニクス復活のときのために積んできたものだった」と話す。

■出張費削って研究費を捻出
ただ、テクニクス復活までの道のりは平たんではなかった。パナソニックはこれまでブランドを「パナソニック」に統一する改革を進めてきた。国内で圧倒的な認知度を誇った「ナショナル」のブランドもなくすほどの徹底ぶりで、テクニクスも2010年に一度はブランドの看板を下ろした。

テクニクスはオーディオファンの間では根強い人気があった

いったんブランドが消滅したテクニクスだが、技術者たちのテクニクスにかける思いまでは消えることはなかった。テクニクス復活の立役者のひとりで、入社間もないころからテクニクスのオーディオ機器の技術者だったパナソニックアプライアンス社ホームエンターテインメント事業部主幹技師の井谷哲也は「ブランドがなくなった後もほんの数人のメンバーが手弁当で音響技術を磨き続けてきた」と話す。井谷ら数人のメンバーは仕事の合間を縫って、ボランティアで研究開発を継続していたのだ。「自分の出張経費を削って、若い技術者たちの研究の材料費に充てた」(井谷)と振り返る。

このような地道な活動が日の目を見る日がやってくる。パナソニック構造改革が進み、成長戦略を再構築しようとするなか、「音」の領域で商品が欠けていることが課題として急浮上したのだ。パナソニック役員の楠見雄規は「色で感動を伝える技術はあったが、耳で感動を伝えられる商品がなかった。今後、住空間や自動車の領域でも音の感動は重要になってくる」とテクニクス復活の意義を強調する。中国・韓国勢との単なるスペック競争から脱し、「感性や感動をライフスタイルに届ける」という戦略に転換したこともテクニクス復活を後押しした。

■「妥協はだめだ」と後押しした津賀社長
津賀社長はテクニクスの製品を思い入れ深く眺めていた(4日、ベルリンのIFA会場)

現場と経営層の両方から復活の機運が重なり、13年8月にテクニクスは正式にプロジェクトとしてスタート。社長の津賀一宏は「やりなはれ。ただし、妥協してはだめだ」と現場を激励した。「テクニクスをやっていた音響研究所は技術の花形。私の上司もテクニクスターンテーブルを構成するモーターの発明者でね、新しい技術でテクニクスが生まれ変わるのは、私にとっても思い入れ深い」と津賀は目を細める。

テクニクスは第1弾としてアンプやスピーカーシステムを、年内をめどに欧州や日本で発売する。価格は高級システムで400万〜500万円、コンポは約40万円の見込み。18年までに年100億円の売り上げを目標にする。

小川は「パソコンの音をイヤホンで聞くのが普通で、スピーカーからの音を知らない20代の若者たちが多い。本当にいい音を聞くという体験は人生にとっても貴重だということを地道に伝えていきたい」という。CDより高音質な「ハイレゾリューション(ハイレゾ)」やネット経由の定額制音楽配信サービスに人気が集まるなど、オーディオ機器市場にも活性化の兆しがみえるが、オーディオ機器市場そのものは頭打ちの状態が続いている。音楽家の感性とエンジニアとしての技術力を組み合わせた理想の製品群を世に送り出した小川。次はテクニクスの成長戦略を担う事業責任者としての力量が問われる。=敬称略
(ベルリン=星正道)