藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

未来予想図。

日経、十字路より。

時代の平坦な時期よりも、動乱の時期の革命とかイノベーションを見るのは楽しいものだ。

それにしてもローマ帝国とか三国志とか日本の戦国時代とか幕末とかは、それから何百年経っても何度でも回顧され、時には新たな分析が唱えられたりする。

歴史好きの人が多いのは、ただ過去を分析して物語を発見し、喜んでいるだけじゃなく「今をよりよく変えたい」というかなり率直な欲求からなのなのだと思う。

記事の指摘する通り、

少子化による人口減少は深刻な問題だ。
この状況に対し、悲観主義(ペシミズム)の行き過ぎを心配する声が上がっている。

超高齢化が進む→経済規模が縮む→収入が減る→老後が不安、という噂にうんざりしている若者はとっても多いようだ。

ただ、ここ1年にわかに盛り上がってきたAIとIoTの話題では「人の仕事はどんどんなくなる」というのが通説だ。(実際ここ20年でもそうだし)
駅や車内で人が改札しなくてないいし、タクシー運転手もいなくなるかもしれない。
税理士や銀行融資だってもう人の手を借りなくていいだろう、という話も現実的だ。
未来は明るいのか暗いのかどっちやねん。
(つづく)

人口減少とイノベーション
 少子化による人口減少は深刻な問題だ。働き手(労働力人口)が減って経済成長にマイナスに作用する。このため日本経済の将来に悲観論が強まり、それが翻って足元の経済活動に影を落とす。

 この状況に対し、悲観主義(ペシミズム)の行き過ぎを心配する声が上がっている。労働力人口が減っても、そのマイナスを上回るほど労働生産性を伸ばせば経済は成長すると説く。そして、成長を決めるのは人口よりも、新しい需要を作り出し生産性を高める広い意味での技術進歩(イノベーション)だと論じる。

 理屈はその通りだ。勇気付けられもする。だが疑問が残る。リアリティーの問題である。日本経済に改めてイノベーションのうねりが訪れるというハッピーストーリーの現実味はどの程度だろうか。

 イノベーションは、それを望めば盛り上がるわけではない。リスクに挑む民間経済のアニマルスピリッツによるところが大きい。その試行錯誤を見守る風通しの良さ、共感する積極性が社会に求められもする。さかのぼれば、高度成長期は好条件に恵まれていた。今後の見通しはどうか。

 大きな問題は、少子高齢化の帰結として世の中の空気がいや応なく老化していくことにある。競争よりも平穏が好まれ、覇気のない雰囲気が広がる可能性がある。

 そうなれば草食系のムードが定着し、成長せずに定常化する経済を受け入れる生活感覚も根を下ろす。ハングリー精神の発揮よりコンプライアンスやガバナンスを重視し、企業に無難な振る舞いを求める風潮はさらに強まろう。イノベーション加速にとって必ずしも順風とはいえない。

 行き過ぎたペシミズムは無用である。しかし、イノベーションの効用を聞かされ、それを漠然と当てにして安心するのも、単なる皮算用で危うい。人口減の不都合な真実は願望や期待では変わらない。

損保ジャパン日本興亜顧問 中川洋)