藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

未知への好奇心。

人工知能のニュースがない日はない。
"まだ発展途上の技術への脅威論"はいつの時代にもつきものだが、今回は特に面白い。

人が自分たちへの万能感とともに、「それらが全否定されることへの恐怖」が常に見える。

科学が進み、森羅万象が解明されるほどに「さらに広がる深淵部」に自分たちは悩まされ続けている。
過去から見れば一直線に進化しているはずだが、一方、未来から見れば「どんどんぬかるみにはまっている状態」かもしれない。
科学とか文明というものはそういう「自己懐疑」を常に持っているものだ。

人工知能という、これまでの人類のタブー的な「人そのものへの挑戦」というのは、近代でも最大の関心事なのだと思う。
だからみんな熱中し、興奮し、賛否両論に回る。

思えば、人自身が自分たちを「国」とか「民族」とか「種族」とか「生物」とかの中ではっきりとコントロールできていないのに。

まだ自分たちも至極未熟なのに、すでに新しい「知能的なもの」の存在に怯えている。
人が「人らしい」といえばそれまでだが、そうした「自己への懐疑」をしつつも、未知なる可能性を探す性質は、結構人ってポジティブなものだとも思う。

しばらくは「人工知能何するものぞ」という話で持ちきりになりそうだ。
10年後くらいの世論が非常に楽しみだと思う。