藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

緩む規律

*[ウェブ進化論]まるで相続開始。
ここ二ヶ月でスマホが二度も壊れると言う試練に会い、多分「一度の機種変更」を経験するだけでは記憶に残らなかった事に気がついた。
 
30年前のパソコンのOSの入れ替えほどではなく、さらに10年間の携帯電話の機種変更ほどでもない。
クラウドにバックアップされている今のスマホ環境は圧倒的に便利になっている。
しかしながら自分たちが普段お世話になっているアプリの数もニュースサイトからネットバンキング、会員制でログインするあらゆるアプリは、すべてが復元されているとは言え、すべて個別にログインをし直さなければならないのは非常な苦痛だった。
(しかもその多くは独自に「本人確認」を行う)
 
さらに銀行や証券のような金融系のアプリは、(知らないうちに)どんどんセキュリティーが複雑になっていて、多くのアプリではその場で移行が完了せず、"後日人手を介するもの"になっていた(自宅に郵送される葉書のパスワードを打ち込むなど)。
 
こうしたIDとログインの呪縛は、もうまもなくハードウェアや便利なアプリが解決してくれるものだと思うが、
果たしてそうなったときに「自分のIDや財産をどこまでデジタルに預けるか」と言う深刻な問題が訪れる。
便利さを求めて全て預けてしまいたいところだが、万一を考えると果たして自分のアイデンティティをすべてデジタル機器預けていいものか。
そこに一縷の躊躇がある。
スマホを失った途端に、まるで突然相続が始まったみたいに「自分の財産や情報にアクセスできなくなる」という時代はすぐそこに来ている。
「便利さと規律」の厳密な切り分けがいよいよ必要になってくる時代になってきている。