日経、小柳さんのジョブズ生インタビューより。
存命中から何かと話題を浚(さら)ってきたジョブズだが、亡くなって一層注目度が増している。
これからのappleを訝る声も多いが、一説には「2-3年分の新製品の設計は終わっているので当分問題なし」との噂もある。
死してなお、「懐かしまれるよりもその存在感が増す」というのがカリスマというものなのだろう。
マックはマック。パソコンではない。
そんな生インタビューの記事の中、幾つか普遍的なメッセージを垣間見ることができる。
常に競争の中にありながら、しかし"創造"というキーワードを一人占めしてきたようなジョブズの哲学をメモしておく。
デザインといっても、見かけだけではない。どう機能するかが大事なんだ。
美観と機能を縦糸と横糸のように織り込んだ設計がデザインだ。
基本ソフト(OS)の細部にいたるまでデザインにこだわってきた。
ハードとソフトも別々には考えられない。
「デザイナーだけ」でもなく、「エンジニアだけ」でもない。
また工業デザイナーというものとも違うだろう。
強いて言えばコンピューターという"究極のデジタル工業製品"を、とことん"芸術品として"仕上げる視点を持っていた人、ということだろうか。
どう考えても、巷の工業デザイナーや、エンジニアとは異なる「マインドセット」を感じざるを得ない。
またジョブズはマックの存在が「メディア寄りのデバイス的」になったことを問われてこう答えている。
我々は本当に優れた製品を作りたいんだ。
本当に優れた製品を買いやすい価格で出して、多くの人にマックやiPodの良さを知って欲しい。
それはとても良いことだと思っている。
それ以外に何も意図はない。
「それ」以外に意図はない。
非常にシンプルな一言である。
ジョブズは、恐らく今現在で最も「良い製品とは何か」ということを問い、考え続けたデザイナーであり、経営者だったのだろうと思う。
普通は成し得ない大役を同時に担い、また両者を同時に考えるからこそ「唯一のプロダクト」が次々と生み出されたのに違いない。
ハイブリッド、とは彼のことだったのではないだろうか。
(続く)
ジョブズ氏の実像、インタビューで浮き彫りに 手は「芸術家」、言葉は「機関銃」
編集委員 小柳建彦
希代のカリスマ経営者で米国時間の5日に死去した米アップルのスティーブ・ジョブズ氏とはどんな人物だったのか。その実像については、数々の実績や製品・サービス、イベントでの基調講演、スタンフォード大卒業式での有名なスピーチなどを基に語られることが多い。一方、書籍や伝聞では、アップル社内での天才ぶりや専横さが伝説のように語られている。では実際に会って話を交わしてみるとどんな人なのだろうか。筆者(元米州総局シリコンバレー支局長)は幸運なことに、ジョブズ氏に短時間だが2回ほど単独インタビューする機会を得た。そのときのやり取りで人となりを振り返ってみたい。
■張り詰めた空気が漂うインタビュー部屋
4年越しの交渉の末、初めてジョブズ氏との単独インタビューが許されたのは2005年1月。場所はサンフランシスコ市内のコンベンション・センターだった。iPod新製品の発表直後。インタビュー会場の地下フロアにいくと、異様に張り詰めた空気が漂っている。指定された部屋の周辺の廊下や待機部屋で、アップルの社員たちがひそひそ声で誰かと話している。
その1人の女性が静かに耳打ちしてくれた。「スティーブは騒音が大嫌いなの」
待つこと30分、いよいよ自分の順番だ。会場の部屋に近づくと、ジョブズ氏が廊下に飛び出してきた。「すぐ戻ってくるから」と言い残し、速足でどこかに消えた。
それから待てど暮らせど戻ってこない。「もしやキャンセルか……」。焦燥感が募る。
1時間半後、ようやくジョブズ氏が戻ってきた。「やあ」と一言。何事もなかったかのように彼は手を差し出し、握手する。
握手した手は柔らかくやや冷たかった。指も長く、芸術肌の天才らしい繊細さ、神経質さを醸し出していた。そうしたデリケートな印象は、取材を始めると一気に吹き飛び、彼の屈強な言葉が突き刺さってきた。不用意な質問をすると、ジョブズ氏は感情をむき出しに、自身が定義する世の中の概念を機関銃のような早口でまくし立てた。
――iPodの世界的ヒットで、アップルがコンピューターメーカーであることを意識しない消費者が増えていると思います。ジョブズ氏「パーソナル・コンピューターというものが変質しているのだ。家庭でのコンピューターはメディア・デバイスのようなものになりつつある。私は何年も前から家電製品はコンピューターのようになり、コンピューターはメディア・デバイスのようになると言ってきた。今は実際に2つの分野が中間点で交差しているのだ」
――マックはパソコンというよりメディア・デバイスになりましたね。「そもそもマックはパソコンではない。マックはマックなんだ。例えばアップルを始めたときから、デザインにすごくこだわってきた。デザインといっても、見かけだけではない。どう機能するかが大事なんだ。美観と機能を縦糸と横糸のように織り込んだ設計がデザインだ。基本ソフト(OS)の細部にいたるまでデザインにこだわってきた。ハードとソフトも別々には考えられない」
――低価格のiPodとマックを発売したが、高級感が特徴だったアップル製品のブランドのターゲット顧客層が変化していると受け取ってよいですか。「そういう問題ではない。我々は本当に優れた製品を作りたいんだ。本当に優れた製品を買いやすい価格で出して、多くの人にマックやiPodの良さを知って欲しい。それはとても良いことだと思っている。それ以外に何も意図はない」
筆者のステレオタイプ的な言葉使いに、明らかにイライラしている。一般的な既成概念に自らの製品や考え方を押し込めてとらえられるのが大嫌いなことがひしひしと伝わってくる。もちろんこちらは意図してそういう質問をしているのだが……。
――iPodがウォークマンに勝利して、アップルとソニーの関係は悪化したとみられていますが、今日のイベントにはソニーの安藤国威社長(当時)が登壇しました。「ソニーは世界で最も優れたビデオカメラを作っている。アップルは世界最大のデジタル動画編集ソフトの供給者だ。音楽関連市場で戦っているのは事実だが、だからといって協力できないことはない。安藤社長に出てきてくれないかと言ったら快く引き受けてくれた。ところで今度のソニーのカメラは本当にすごい。“即死級の衝撃”だ」(2005年1月のインタビュー)
「即死級の衝撃」――。出た。これが“ジョブズ語”か。それにしても甲高い声で早口でまくし立てる話し方のインパクトは強烈だ。アップル社内の会話で攻撃や説得を始めたときのジョブズ氏のすごみについては数々の本や記事で伝説になっている。まさにそれを体感した気がした。
2回目のインタビューは同じ年の8月。日本版iTunes(iチューンズ)ミュージック・ストア開設をアナウンスしに来日した折だった。その後もお忍びのプライベートな旅行では何度か来日しているようだが、仕事での公式な来日はこれが最後になってしまった。
■質問に反応、突然攻撃的に
会場は東京国際フォーラムの一室。今回は約束の時間通りの開始だ。部屋に入るとやはり白い。ただ雰囲気は前回よりも和やかで、革張りのソファで脚を組んでリラックスしている様子だ。前回と違って笑みさえ浮かべている。
ジョブズ氏「再会できてうれしいよ。帰国して東京を楽しんでる?」(同年3月に筆者はシリコンバレー支局から東京に帰任していた)
――はい。ありがとうございます。ようやく日本でもアイチューンズを開けましたね。
「ありがとう。とてもワクワクしていますよ」
ところがインタビューに入ると、やはり相手の言葉で瞬間的にスイッチが入り、機関銃のような早口が戻ってきた。――レコード会社はアイチューンズから価格決定権を取り戻したいようです。
「アイチューンズでの楽曲の売り上げの大部分はレコード会社に行く。CD店向けには彼らが自分で負担している販促費もかからない。つまり彼らにとってアイチューンズは最も利益率の良い流通チャネルだ」
「我々はほとんど利益を得ていない。しかも消費者は我々の価格体系を支持している。幾つかのレーベルが値上げを望んでいるのは事実だが、じきに納得するはずだ。音楽業界は日本を含め世界中でとても複雑な業界だが、レーベルとの利害調整の問題はもう解決済みと理解している」――日本では複数の大手レーベルが契約していません。
「アップルは日本でもオンライン音楽販売で最大手になるはずだ。アーティストの立場になれば、消費者の支持が集まる販売店に楽曲を届けない状態を許せないだろう?放置すれば自分のレーベルを立ち上げるかもしれない。すべてのメジャーレーベルが参加してくれるのは時間の問題だ」
――ソニーは、iPodに対抗してウェブと連動性の高いウォークマンを準備しているようです。
「彼らはこの2年間、ウェブと連動性の高い音楽プレーヤーを準備する時間があったが、できなかった。彼らは常に偉大な競争相手だ。半年ごとに新製品を出し合う。これは普通の市場競争の姿にすぎない」
――iPodの高速成長はいずれ減速するでしょう。将来の成長の柱になる新しい製品分野が必要になるのでは?
「音楽プレーヤー市場はとても大きい。デジタルカメラと同じで、まだまだ成長の余地が大きい」(2005年8月のインタビュー)
ジョブズ氏とのやり取りで強く感じたのは、いろいろな概念について、人の言葉をそのままでは受け入れない頑強さだ。必ず自分の言葉で原理的に再定義しようとする。
音楽市場の現状や構図についてもそのとおりだった。常識を否定し、ゼロから考えることで数々の革新を起こしてきた人物である。その源泉は脳のなかに存在する鋼鉄のように強固な意志なのだと感じた。
録音のスイッチを切った後、興味深いことが起こった。ジョブズ氏が身を乗り出して質問してきたのだ。
「ところで、ソニーのハワード・ストリンガー新CEO(最高経営責任者)はどんな戦略で我々と競争しようとしているのだろう?」。
オフレコの逆取材が始まったのだと感じた。少年時代からのソニー製品のファンで、当時も音楽関連以外の分野ではソニー製品に大いに敬意を抱いていたジョブズ氏だけに、メディア出身で英国人という異色のソニー新トップがどういう手を打ってくるのか、強く意識していたのがわかる。
やはりジョブズ氏も人間だなと、少しホッとした。