これからのコンピュータ環境は"ユビキタス"の次で"アンビエント・コンピューティング"というらしい。
「環境」といった意味だが、今までは身に付けて「端末ありき」の感だったのがもう「壁でもテレビでも車でも冷蔵庫でも」何でもがディスプレイになり、ネットと繋がるというようなコンセプトだという。
これはこれで、世界は一変する、と思う。
壁に等身大の人や風景や商品が映り、それが世界中のコンテンツと瞬時に連動できるようになれば、本当のバーチャルリアリティーの世界になるだろう。
今のようにネットで検索する、ということが「端末を介して」というプロセスを意識せず、自分の皮膚感覚でネットにつながる時代である。
その時代には、「知識」の存在もずい分変質しており、もう「物事を知っている」ということの意味がそれ単体では価値がなく、「知識と現象」をより深く分析して発信できるようなクリエイティビティの高い存在しか「価値がある」とは見なされなくなるに違いないと思う。
今のツィッターは、本人のつぶやき、というところで(意外に)生き残るかもしれないが、ただ事実を書いてアップしているようなブログなどは、検索されなくなり今以上には広がらないようにも思う。
逆により磨かれ、有用な発言や創作は「より重用」されるようになり、玉石混交にメリハリがついてくるのが"アンビエントの時代"なのではないだろうか。
そう思えば今のネット社会の様子は、まだ玉石乱立のカオス状態で、そんな中を検索エンジンを頼りに知識を掬っている…というそんな気がする。
ITはまだまだ道具として使い込まれる存在なのだろう。
(IT!おまえはどこへ)久多良木氏「スマホ後の世界」
スマートフォンを持ってツイッターでつぶやき、フェイスブックに書き込み、LINE(ライン)で連絡を取り合うのが日常の姿になりました。あれほどはやっていたゲーム専用機やミクシィはいつの間にか下火に。ものすごい勢いで革新が進むITの世界。人々の関心に移ろいはあるにせよ、長い目で見てどこに向かっているのかは知っておきたいところです。この世界の大御所3人に聞きました。トップバッターはソニーのゲーム機プレイステーションの生みの親である久多良木健さんです。久多良木さんは「現在のスマートフォンのような高性能なガジェット(道具)を持ち歩くことは、将来、必要なくなる可能性がある」と言います。未来はパソコンやスマホのような「モノ」で埋め尽くされる時代でないかもしれないと言うのです。さて?(聞き手・大鹿靖明)
◇
――世界中でスマートフォンが劇的に普及しています。これまでの携帯電話とは桁違いの巨大市場が出現し、アップルのiPhone(アイフォーン)やグーグルのアンドロイド搭載のGalaxy(ギャラクシー)は1モデルで1億台を超えるというスケール感です。
「今のスマートフォンは、iPhoneにしろGalaxyにしろ、一昔前のパソコンを超えるリッチ(ぜいたく)な構成になっていて、モデルチェンジのたびに高機能・高性能化が進んでいます。基本的な通話やインターネット接続の機能に加え、高精細の撮像素子や全地球測位システム(GPS)、様々なセンサーの搭載も始まりました。単体として販売されてきたそれぞれの機器の機能を吸収しながら、多彩なネットワークサービスにいつでも、どこからでもアクセス可能な時代がやって来ました」
「半面、すぐメモリーがいっぱいになったり、電池があっという間になくなったりという問題が出てきました。スマートフォンを使っていると、びっくりするくらい本体が熱くなって驚く時がありますよね。ユーザーは『これってしょうがない』と外部バッテリーを持ち歩いたり、こまめに充電したりして対処しているようだけど、どう思われますか?」
■ネットワーク側の時代に
「実はネットワーク側、クラウド側とも言い換えてもいいのですが、この処理能力がまだまだ不足していて、急増するスマートフォンからの問い合わせに対応するのにまだ手いっぱいという状態なんです。スマートフォン側でおこなっている処理を、サーバー側に大きく移せていないのです。スマートフォン側で何とか頑張っている状態と言えるでしょう。もちろんグーグルのような巨大な検索エンジンや、ツイッターのようなリアルタイムのメッセージ交換サービスではこれらの課題に対し本格的な対応が図られていて、世界中のユーザーからの要求に即時に応えることができるようになっていますが」
――なるほど。向こう側の力が足りないから、こちら側が高機能化しているということですね。
「オラクルの最高経営責任者(CEO)でもあるラリー・エリソンが1995年に発表した『ネットワークコンピューター』(キーワード参照)というコンセプトは、手元に軽快なネットワーク端末をおき、プログラムやデータは、すべてサーバー側からネットワークを介して取り出すというものでした。当時としては極めて先進的な構想を打ち出していたのです。しかし、そうはならず、インテル製の高性能CPU(中央演算処理装置)にマイクロソフトの多機能OSを組み合わせたパソコンが世界市場を席巻していきましたよね」
「当時はネットワーク環境がまだ十分進化しきれていなかったのです。その結果、高度で複雑な処理をこなすにはパソコンのCPUの処理能力が高ければ高いほど良い、またメモリーの容量が大きければ大きいほど良いという時代が長く続きました。今のスマートフォンの状況、これに似ていると思いませんか?」
――なるほど。そう言われれば、そのような気もします。
「2000年に入ってから、NTTドコモから出たインターネットに接続可能なiモード対応携帯電話が普及していきます。アプリケーションやコンテンツへの課金を電話料に加算して徴収できるようにするという、まさに時代の最先端を行く画期的なサービスでした。しかし、当時の世界の平均的な通信環境は、同様のサービスを展開するにはまだまだ未整備でした。そして2007年に満を持してiPhoneが登場しました。iPhoneがエポックメーキングなのは、世界中にネットワークが張り巡らされたうえ、パソコンに匹敵する機能があの小さな端末に載ったということです。もちろん、軽快で素晴らしいユーザーインターフェースの採用もキーポイントでした。グーグルも自らが中心となって開発したアンドロイドを世界中の端末機器メーカーに無償で提供し始め、スマートフォンの時代が一気に離陸しました」
「最近では発展途上国向けに100ドル近辺の手頃なスマートフォンも登場し、一気に身近な存在になってきました。それに呼応するように、ツイッターやフェイスブックといった世界規模のソーシャル・ネットワーク・サービスや、LINE、カカオトークといった新たなコミュニケーションメディアが広がり、人々のライフスタイルや、ときには一国の政治までも動かす原動力になってきましたよね」
――まさにスマホ全盛時代の様相ですよね。それでも必要がなくなる可能性があると言うのですね?
「ユーザーがスマートフォンで撮影した写真や動画を、ネットワーク経由でクラウド側にアップロードし、家族や親しい友人と共有することが簡単にできるようになりましたが、クラウド側はまだ、いつでもどこからでも閲覧可能という利便性をさらに上回るような画期的なサービスを生み出すまでには進化しきれていません。こうしたユーザーが生成するデータや情報量は今、年々倍のペースで増え続けています」
「そこに世界中のカメラやセンサーからのデータも加わり、加速度的に世界のデータや情報がネットワーク側に集まり始めました。これが専門用語で『ビッグデータ』と呼ばれるものです。ネットワーク側に構築した巨大なコンピューター資源を駆使して、ここから何か有用な知見が得られないかと、世界中の研究者が精力的にチャレンジしています。そう遠くない未来に『ネットワークの向こう側の巨大な情報処理システム』がどんどん力をつけてきて、端末側に残っていた様々な機能を吸収し始めるでしょう。これらのデータベースとコンピューターの演算資源は、近くにあればあるほどできることが増え、処理速度が上がるからです」
「そうなるとスマートフォンの高機能化の流れはどこかで止まります。パソコンでも以前同じことが起きたでしょ? デスクトップPCがラップトップPCに置き換わり、インターネットの普及に伴いさらに軽快なウルトラブックに移行し、現在ではiPadのようなタブレット端末にその主流が移りつつあります。それと同じようなことが、今後スマートフォンでも起きるだろうと私は見ています」
――まったく何もなくなるというわけではないのですね?
「今のような重くてかさばる高性能な機器を持ち歩くという概念がなくなり、目的に応じた軽快な、消費電力が大幅に少ない端末群『シン・クライアント(Thin Client)』、あるいは空気のように存在を感じさせない多機能センサー群の時代が訪れると期待しています。四半世紀前にオラクルのラリー・エリソンが提唱した話が、いよいよ現実に近づくでしょう」
■「モノ」じゃないんだ
――手元で行っていたことをネットワークの向こう側で代行するようになるのですね。
「あっ、それは合っているようで違うんですよ。今まで出来ていたことがクラウド側でできるのは当たり前ですよね。音楽や映像のストリーム配信と一緒で、メディアが光ディスクからネットワークに変わっても、コンテンツそのものは何も変わらない」
「本質的なイノベーション(革新)は、ネットワークの向こう側に集積された巨大な情報が巨大な知識情報処理システム側で処理され、いままで出来なかったことができるようになるという可能性です。クラウドネットワーク革命とは、知識情報処理革命へのプロローグ(序章)と言い換えてもいいかも知れません」
――ネットワークの向こう側のコンピューターが強力になると、こちら側の端末は、たとえばiPadが薄くなったようなガラスの板のようなパネルになる、あるいはグーグルグラスのようなウエアラブルコンピューターのようになっていくわけですね。アップルも「iWatch」を商標登録します。時計型も考えられますね。
「うーん、日本人は『モノ』好きだから、何から何まで『モノ』に落とし込んで考えるけれど、データベースや情報処理システムがネットワーク側に移行すると、そういう『モノ』は、『ガジェット』とも言いますが、何かそこに存在しているという安心感を与える記号的な存在か、あるいは我々が住むリアル世界のインターフェース(接触面)の役割を果たすものになっていくのではないでしょうか」
「強調しておきたいのは、どこかのSF映画に登場するようなコンピューターによる無機質な世界ではなく、我々が存在し活動しているリアルの世界と、クラウド側の知識情報処理システムがネットワークを介して高度に融合し、互いに同期を始めるだろうという新たな可能性なんですね」
「ここまでが前段です。これから本題に入ります」
(後半に続く)