藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

記憶と技術。

ジョシュア・フォア氏のTEDスピーチ。
記憶力というものが人間について何なのか。
コンピューターならハードディスクとかメモリーだけれど、そこに「記憶されるものとされないもの」があるし、また「ずっと記憶されるもの」と「消えてゆくもの」がある。
嫌な記憶は自らの脳が消してゆく、という話もあるし、しかし記憶は訓練次第でいくらでも成長するとも聞く

ジョシュア氏のスピーチは導入から面白く、またとてもきれいな発音なので聞いていても心地よい。
それにしても自分たちの人生は記憶そのもの、という話を聞いて「人生とは覚えていること」なのか「覚えることが自分の人生」なのか混乱した。
自分の人生の中でも「覚えていないこと」はすでに自分の人生ではない、と言われれば確かにそんな気もする。
自分の記憶の中にある物だけが人生なのだとしたら、実際に今まで過ごした時間の何割くらいが自分の人生に当たるのだろう。

自分たちは日々様々な「外界」の人と触れ合って過ごしているが、自分にとっては忘れた記憶でも、他人は覚えているものもあるだろう。
そうすると自分たちの人生とは、結構他人とは時間的にも差があって「個別で全然違う物」なのかもしれない。
戦争とか災害とか、大きな出来事があれば記憶はある程度「そのテーマ」を通して共有されるだろうけれど、そもそもは個人個人が全く別々のものを持っているということのようである。

記憶と人生というのは面白いテーマだ。