藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

背景を読む力。。


自分たちは普段普通に人と会話し、意思疎通を互いにしている。
「ビールをもう一杯ください」とかこのテレビはおいくらですか?というようなやり取りならあまり齟齬はない。
けれどこれが商談とか交渉となると話は違ってくる。
「これを買ってください」とか「わが社が受注します」とストレートに言っても、相手は色々なことを考えている。
売れるか売れないかは、製品自身の質には関係ないこともある。

こうなると会話はたんなる「対話」ではない。
互いの発する言葉はそれとして、その先で互いの「背景の意図」が問題になるのだ。

そうした様々な思惑が交錯する場では、ただ「これを紹介します」「では買いましょう」という風にはならない。
「新しいプロジェクトを提案します」「ではやろう」ということにもならない。
自分たちの日常では、良いものとか真っ当に見える提案が必ずしも実を結ばないことが多い。

こういうのは恋愛に似ているだろうか。
相手の心理状態次第では、楽しい映画に行く提案も採用されないことがある。
お金をかけて用意をしても実を結ばないこともある。
逆にただ話をしているだけでも恋愛に発展したりもするだろう。

そう考えると「自分と他人との関係」にとって必要なものは「相手の背景を想像する力」ということかもしれない。

男女関係ってそういうところが多分にないだろうか。(男はよくそこを読み違えてハズすものだ)
交渉の場に臨んで、事前に努力はするにせよ「相手の背景事情をすべて知ること」は無理なので、本番でいろいろと相手のことを観察しながら進めていくことになるだろう。

こちらが与り知らぬ意外な事情が判明したら、ただちに方針を変えたり、撤退したりする必要もある。

たった小一時間の会話の場で、自分の言いたいことをアピールし、上手く伝えたうえで、今度は相手の背景事情を探り出し、臨機応変に作戦を立てねばならない。

恋愛についてはあまり語れないが、商談というのはなかなかに奥深い戦術の応酬がやり取りされているものなのである。