藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

兆候をつかむ、ということ。

自分にこれから起こる最大の、というか最後の困難といえば「ご臨終」だ。
つまりは「その時」に備えて、その他の「いろんなこと」を準備しておくことが大事だ。
これはこれで滅茶苦茶"重要度は高い"のだけれど、
それはともかく。

日々、法律や悩みの相談とかに接していると、ただ一つ思うのは"準備"のことである。

問題が起きると、その対処にばかり目が行きがちだけれど。
「そうなる前に気づけたかどうか」という目で見ると、ほとんどが「兆候あり」なのだ。
もちろん"不意打ち"だってあるけれど、ほとんどの問題は「兆候をつかむ」ことで対処ができていたように思う。

例えば。
会社が倒産するとか、
カップルが別れるとか、
夫婦が離婚するとか、
セクハラ、パワハラとか、
生活習慣病にかかるとか、
リストラに遭うとかとか
子供がグレるとか…

日々の生活の中で、あらゆる「予想される困難」に準備をすることは難しいけれど、それでも「重大な兆候」には注意したい。