藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

脱・合理性

*[ウェブ進化論]合理化の果てに。

先日、少子化問題を取り上げた報道番組で、四十歳前後の女性コメンテーターが「結婚や出産のメリットが分からない」「リスクが大きいと感じる」と発言していた。

それを聞いていて、みんなが「何でもそういう風に考える時代だった」ということをしみじみと感じた。

そして、おそらくこれからは「そういう風な」考え方が古くさいものになっていくのではないかと思う。

"昭和+平成の風"はここまで合理性を問い、家族や異性、同性との付き合いにも損得や安全性などを考えるようになっていたようである。

 

まあでもこれだけ高齢化とか介護とかデフレだの不景気だのとばかり言われては、若い世代の人たちが「既存の大人たちの価値観」を丸ごと疑問視するのも当たり前というものだ。

 

これからは結婚とか出産とか同棲とか介護とか、各個人が「やりたいことを選べる」ような制度づくりが支持されていくのに違いない。

そういう意味では、既存政党などは丸ごと退陣してもらって「若い人党」が早くいくつか出てきてもらいたいものだと思う。

 

今の政治家を見て「政治家になりたくない」と思うのは正しい感性だと思うが、本来の政治に挑戦する人たちもそろそろ出てきてくれてもいいのではないだろうか。