藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

リスクを取りに行く。


何もせず、まったくリスクを取らずに「批判的な発言」を繰り返していることは、実は一番居心地がよく、一見実務に参加しているようで、実はまったく当事者意識がないことが多い、ということも最近の発見である。

敢えてその場面でリスクを取りに行かねば、「本当のリターン」など得られるものではない、というまあごく当たり前の原理を忘れないように行動しなければならない。

「批判者」は一見本人もインテリに見え、またそれが本人にも心地よく、その実まったく「蚊帳の外」になっているということに気づかないという、恐ろしい「ロジックの陥穽」にハマりやすいので注意が必要だ。

つい自分の口調が「批判的」になっているようであれば少し客観的になって検証してみた方がよいと思う。

方便にならないリスクテイク。

と言ってみて気づく。
リスクを取り、それが失敗に終わっても誉めてくれる人はいない。
というか逆で「針のむしろ」である。


したがって「敢えてなにも提案しない」というくらいの状態が"普通のマインドセット"だと思わねばならない。
「事なかれ主義」である。

つまり、平穏な世界において、あえてリスクを取ることを選び。
またその選んだ選択肢から、「何らかの結果」を必ず残し。
ようやく"後から検証をしてみる"

というのが挑戦者のスタイルであろう。


要は当事者でなく、責任者でもなく、ただの「批評家」になるな、ということである。
批評している自分、が正当な存在感になっていたら、一度は自分の立場を懐疑的に見た方がいい。

「平静でいること」と「挑戦し続けること」はこれほど立場の違いを鮮明にする。

できれば、生きている限り"挑戦"し続けたいものである。