藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

無料化の波。

LINE、skypefacebookgoogle+と無料インフラ系通話サービスは、携帯電話のソフトバンクを凌駕する勢いで伝播している。

googleは一足早く「ストレージ」の無料化を実現し、他社もそれに追随しているが、ダンピング競争の続いていたトラフィック(データ通信網)にも無料化の波が押し寄せている。
通信キャリアとの接続には、未だ必ず「月数千円」の基本料金は必要だが、キャリアとの通信契約さえあれば、通信・通話料は限りなくタダに近づいている。

ネットは公共インフラに近づきつつあるといえる。


ところが問題がひとつ。
このインフラはデジタル技術なので、速度が以上に早い。
道路や上下水道のような「ローカル性」をもたないのである。
結果、世界中をどこともかまわず「ありとあらゆるコンテンツ」が流通する事態になりつつある。
重要なものもそうでないものも、緊急の可否も関係なく、秘匿性の有無も「トラフィック(交通)上」は関係ない。

「ここは天下の往来だ」とばかりに、あらゆるデジタルデータが行きかう時代に突入している。

通信の真の価値

ノーマルな感覚でいえば(あくまで主観だけど)、ゲームとか娯楽のためのコンテンツ(動画など)は、何も重要な「公共の下水道」を使うこともない、と思う。
まったく渋滞もなく空いているのならともかく、「生活必需部分」と「遊び」のデータを同列に扱う必要はない。
ビジネスの区分では、まだ明確な差異はないものの、まもなく公共の道路であるネットの回線は"最優先""優先""それ以外"に区別され、別々に交通規制されるのではないだろうか。

今のように世界中をめぐる「物理インフラ」であるネット回線に「何でも流しっぱなし」というのはもう間もなく終わりを告げるに違いない。
今は回線普及の最終段階なのである。(もう一発、無線の普及もあるかもしれないが)
ネット回線は、国同士のレベルで見ても、各国の内部のISPやキャリアを見ても、立派な「限りある資源」だから、ユーザーが「料金を支払っても利用したい」というサービス以外はすべて消えてしまうに違いない。

今のような「動画も通話も上げ放題の時代」を基準にして"十羽一からげでの流通商売"を考える時代は間もなく終わる。

「無料の通話」を楽しむのではなく、
「安全な通話」とか、「途切れない通話」とか「大事な通話」とか「暖かい通話」とか、やっぱり「速い通話」とか。
何かそうした"付加価値"が結局重んじられるネットインフラの時代が早晩くるだろう。

今の"過渡期のやりたい放題"を基準に安易なビジネスを発想しないほうがよさそうである。