藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

ボーダー、偏差値55。

ここ数年人工知能についての報道がとみに多い。自動運転車とかドローンとか、いよいよ身近になって一気に爆発的に普及する直前なのかもしれない。
AIプロジェクトのリーダー新井さんの記事より。

新井は言う。
「というのは、このプロジェクトが終わる2021年度までに東ロボくんの偏差値が60になると、その後たかだが10年でホワイトカラーの半分が代替されることを意味します。

突然聞くとぎょっとするし、よくある警鐘記事かとも思うが果たしてそうだろうか。

19世紀初頭の英国で、産業革命によって仕事を奪われた労働者たちが機械を破壊した「ラッダイト運動」のようだ。しかし、21世紀の法治国家でラッダイト運動を行っても、多額の損害賠償を求められるのがオチだろう。

産業革命という呼び名でもう150年も前からこういうことは起きている。
今もはや製造工場とか、大量輸送網とかウェブサイトの情報発信などで「ラッダイト運動」は起きない。
今ある機械装置や電力システムなどを"人出で"賄おうとすれば、多分今ほどの文明は実現できていないことを、自分たちは実感しているからだ。
現に自分の数十年の社会人経験の中でさえ、オフィスや物流のマンパワーは劇的に圧縮されている。

「人でなければできないことと機械ができることの峻別」は連綿と続いている。肝心なのは"そんな変化を読み取る目があるかどうか"ということなのだ。

人間の仕事が奪われる、というと人が生きていけないかのようなニュアンスを感じるけれどそうではないだろう。
機械が代替してくれるのは結構なことで、その分自分じゃなければできない何かを見つけていけばいい。
むしろそんな機会を機械が提供してくれているのではないだろうか。
18世紀の文明に戻ったら人間的情緒は豊かかもしれないが、積極的に世界がそちらを向いて動くとも思えない。
自分自身も「だから自分なら次は何をするのか」を考える方が昔に戻るよりよほどやる気が出ると思える。
ひょっとしたらコンピュータの歴史的な普及によってその「革命の程度」は劇的に進む可能性がありそうだが、何とか機械との力勝負にならないように知恵を絞りたいと思う。

人工知能で東大合格をめざす 新井紀子さん(52)(4)
人工知能が賢くなると大失業時代が来る?
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 前回の記事で、「東ロボくんの偏差値が仮に60に到達したら、東京オリンピックの後には大不況が起きる」という新井の近未来予測を紹介した。今回はこの発言をもう少し深く掘り下げてみたい。
 新井は言う。

 「というのは、このプロジェクトが終わる2021年度までに東ロボくんの偏差値が60になると、その後たかだが10年でホワイトカラーの半分が代替されることを意味します。シナリオは二つだと思います。ひとつは、論旨要約や正誤判定ができるような新しい人工知能を積極的に導入し、不要になった人材を切り、生産性を上げていくこと。もうひとつは、法律上レイオフが簡単にできないからという理由でこうしたテクノロジーを敬遠し、その結果、生産性が上がらず、国際競争力をさらに失うというシナリオ。前者はレイオフという直接的な形で、後者は景気後退という間接的な形で、大不況が起こる可能性があると思います」

 一方で、仮に東ロボくんの成績が偏差値53程度で止まった場合の新井の見立ては、コンピュータをコールセンターなどに導入する程度で収まる。その場合、コンピュータではできない仕事やコンピュータを導入したことで新たに生じる仕事によって、雇用は吸収される。つまり、バランスは取れるという。

 「しかし、偏差値60というのは恐ろしい領域だと思うんです。半沢直樹さんのような銀行マンの仕事は相当なくなる。偏差値55を超えた段階で、銀行の大半に人工知能(AI)が投入されると思いますので」

 例えば、前回紹介したオックスフォード大学の「2030年にはアメリカにおける仕事の半分が機械に奪われる可能性がある」という論文。その巻末には「あと10〜20年でなくなる職業と残る職業のリスト」が掲載され、702業種がランキングされている。これによると、金融や財務系の仕事、スポーツの審判員などマニュアル化しやすい職業が代替され、消えてなくなる。一方、医者や福祉関係などコミュニケーション能力が欠かせない仕事は当面残るという。
2015年08月13日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
ページ: 2
タクシー運転手は失職するか?
 グーグルの自動走行車なども最近マスコミを賑(にぎ)わせている。これが実現したら、バスやタクシー、トラック、鉄道の運転手などは失職してしまうのだろうか。そう問うと、新井は人工知能が抱える意外な弱点を語り出した。

 事故が起きた時、人工知能は責任を取れるのかという問題だ。
 「昨日も自動走行の協議会みたいなところで、お話しさせていただきました。人工知能を人の死なないところで使う分には、それで生産効率が上がるから問題はありません。しかし、(人間の脳の神経ネットワークを模した機械学習の)ニューラルネットワークで(コンピュータが勝手に)学習した結果、人が死にましたという時、『どうしたらいいか?』『誰の責任ですか?』と聞かれても分からない。『どうしてこういうことが起こりましたか?』と聞かれても、研究者や開発担当者も答えようがない。『こういうこと?』『ああいうこと?』と仮説することはできるけれど、本当のところは誰にも分らないんですね」
〇動画:新井が語る「人工知能の責任問題」〇

 統計や確率を基盤とした機械学習は、原因と結果の関係が分からない。この点が致命的なのは分かった。それなら、人工知能をどう使えば良いのか。
 「裁判の判例調査や医療の診断の支援はできるでしょう。しかし、最後の判断は人間がやることになるのだと思います。翻訳なども完全な自動にはならなくて、翻訳支援システムになるでしょう。数学は定理証明支援システム、運転は運転支援システムなどと、『支援』というのがやたら出てきます。工場などもそうじゃないですか。ものすごく広い工場に2人しかいないとか。それでも無人にはならない。それと同じことが霞が関や大手町のビルでも起きるわけです」
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 新井によると、コンピュータに代替されずに残る仕事は二極化するという。
2015年08月13日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
ページ: 3
コンピュータの下働きをする私 つまり、まったく新しいものを生み出すクリエイティブな仕事と、コンピュータにはできないが人間なら普通にできる内職みたいな仕事だ。そして、その中間のホワイトカラーの人々が担ってきたマニュアル化できる仕事がコンピュータに奪われていく。

 人間側に残る仕事も、前者にはかなり高額な報酬が支払われるが、後者には極めて安い報酬しか支払われない。
 新井の表現を拝借すると、後者は「コンピュータの下働き」をする人間だ。たとえば、写真を見て感じた「かっこいい」「さわやか」「気分が悪い」という感想をキーワードとして各写真につけていく。こうした作業は現状、コンピュータが苦手だからだ。

 実際、こういうコンピュータの下働きはすでに出現している。たとえば、アマゾンが2005年から始めた「アマゾンメカニカルタルク」というサービスがある。
 「メカニカルタルク」とは「機械仕掛けのトルコ人」という意味。ハンガリー生まれの発明家が作ったチェス対戦ロボットの名前で、長らく無敵を誇っていたが、ロボットの中にはチェス名人が隠れていたという。

 このサービスはコンピュータが現時点ではできないのに、人間なら簡単にできる仕事を低価格で外注するサービスだ。ただ、受注単価は数十セント程度しかなく、途上国ならともかく先進国では内職にすらならない可能性がある。
 人工知能が人間に取って代わるこうした時代が到来しても、コンピュータには到底真似(まね)のできないクリエイティブな仕事ができる人はいい。それができない人はどうすればいいのだろうか。

 映画の中でターミネーターは解決策として、人類に反逆する人工知能を破壊し尽くした。19世紀初頭の英国で、産業革命によって仕事を奪われた労働者たちが機械を破壊した「ラッダイト運動」のようだ。しかし、21世紀の法治国家でラッダイト運動を行っても、多額の損害賠償を求められるのがオチだろう。

 この点について、新井が処方箋を示す。
 「若い人が心配なので言っておきますね。東ロボくんが万能ではないことは分かりますよね。だって、入試問題を解くのに、『あ』という文字が何個、『い』という文字が何個と数えているわけで、たいしたことはやっていないですから(笑)。ですので、意味さえ分かれば、人工知能には勝つということ。一方で、意味が分からないで問題解決している人は(失職する)リスクがありますね」

 新井は世の「文系の人」にとって、「人工知能の話はブラックボックスで、話が分からないから気の毒」と話す。その「文系の人」としては異論もあるが、ここは明鏡止水の心鏡で話に耳を傾けてみる。
〇動画:新井が語る「人工知能を文系の人に話す苦労」〇
2015年08月13日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
ページ: 4
「小商い」で生きていく!?
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 ここまで新井の話を聞いていると、ターミネーターに出てくる機械軍との戦争は荒唐無稽だと分かるが、結局はホワイトカラーにとっての人工知能は仕事を奪う仮想敵であることに変わりがないように思えるが……。

 「人工知能は支援をいっぱいしてくれるので、小さな会社がいっぱい出てくるんじゃないでしょうか。これまでは1億円稼がないと会社として成立しなかったですが、これからは1000万円とか2000万円を稼ぐ『小商い』みたいな会社が増えてくると思うんですね。『小商い』とは、お掃除コンサルティングとか、片づけコンサルティングとか、終末期コンサルティングみたいなもの。だって、これまでの会社が構えて来たオフィスはもういらない。スカイプはあるし、オンライン決済システムもあるから。オフィスも会計の人もいらない。予約システムも会社のウェブもだいたい無料で作ることができますしね」

 そんなうまい話が本当にあるのだろうか。だいたい、需要はあるのだろうか。そんな疑問をぶつけると、新井は自信ありげに答えた。
 「だって、一部のクリエイティブな人々はものすごいサラリーをもらって、時間がものすごく大切。そういう人が引っ越しをしてもどこから手を付けていいかわからない。自分の家の片付けもできない。クリエイティブな人たちはもちろん、人工知能(AI)をものすごく活用していますが、家の片付けはAIではできない。それを知っている彼らは、それなりの対価を払う。困っている人はいっぱいいるんです」

 こういう話を聞いていると、インタビューの相手が数学者であることを一瞬忘れてしまう。社会学者や経済学者でもおかしくないではないか。しかも、数学者である新井は大学に入るまで算数・数学が大嫌いで、一橋大学法学部合格が決まった時、自宅の庭で数学の教科書を焼いてしまったというエピソードの持ち主なのだ。
 世の中には面白い人がいるものだ。次回(最終回)は、こういう思考をする新井の人生を変えた本、家族について聞く。
 (敬称略、文:メディア局編集部 小川祐二朗、写真:高梨義之)
新井紀子プロフィル
 東京生まれ。一橋大学法学部卒。イリノイ大学数学科博士課程修了。理学博士。2005年より学校向け情報共有基盤システムNetCommonsをオープンソースとして公開。全国の学校のホームページやグループウェアとして活用されている。11年から人工知能分野のグランドチャレンジ「ロボットは東大に入れるか」のプロジェクトディレクターを務める。ナイスステップな研究者、科学技術分野の文部科学大臣表彰などを受賞。著書に「数学にときめく」(講談社ブルーバックス)、「コンピュータが仕事を奪う」(日本経済新聞出版社)、「ロボットは東大に入れるか」(イースト・プレス)など多数。
2015年08月13日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun