役人が考える程度のことは誰だって考えている。
本庶博士にこう言われてしまってはグウの音も出ない。
「政府が旗を振ってするものではない。政府がこれをしなさいあれをしなさい、と言うのは全くばかげている。
役人が考える程度のことは誰だって考えている。
月にロケットを上げるような、計画を立てて金をかければできることはイノベーションではない。金で解決することとイノベーションは次元が違う」
小気味良すぎて、ちょっとキツいくらいに感じるが的を射ている。
「ビジネスとしてやるべきこと」
「行政がやるべきこと」
「法律で決めるべきこと」
が日本はかなりズレてきている。
その原因は高度成長期の官製システムが残した宿痾であり…とかいう話はともかく。
それぞれの利害関係者が全く「自分目線」ばかりて考えた結果、とんでもなく現実路線から外れてしまっている部分は多い。
本庶氏の言うように「政府がイノベーションを促進する」というのはお門違いなのだと思う。
簡潔だが、目指すべき方向はこれに要約されているのではないだろうか。
「基礎研究は企業が投資できるものではなく、政府が担う。基礎研究の結果として種から芽や枝が出て花が咲きそうな段階に来たら、その後は産業界も費用負担して一緒に応用研究に取り組むべきだ。今の産業界はおいしい果実がいくつかできた段階から初めて金を出す。厚かましい」
今年のノーベル生理学・医学賞の受賞が決まった本庶佑・京都大学特別教授が12月10日に開かれる授賞式を前に、日本経済新聞社の単独インタビューに応じた。日本においてイノベーションを生むための政府や企業の役割、若手研究者の支援に向けた取り組みなどを語った。
本庶佑 京都大学特別教授
■政府は介入を避けよ
――イノベーションとは何ですか。
「イノベーションとは結果だ。とんでもないと思うようなことから始まって、結果として世の中を大きく変える。アマゾンやフェイスブックが登場したとき『うまくいくわけがない』『どうやってもうけるんだ』とバカにされた。世界トップの企業になるなんて当時は誰も思わなかった。振り返ってみれば、あれがイノベーションだったと認識される」
――政府は日本からイノベーションを起こそうと躍起です。
「政府が旗を振ってするものではない。政府がこれをしなさいあれをしなさい、と言うのは全くばかげている。役人が考える程度のことは誰だって考えている。月にロケットを上げるような、計画を立てて金をかければできることはイノベーションではない。金で解決することとイノベーションは次元が違う」
――イノベーションを起こすにはどんな取り組みが必要ですか。
「政府はあまり規制をせず、ばかげた挑戦をやりやすくする環境整備をすべきだ。土を耕してタネをまくのが政府の役割だ」
「イノベーションの基礎は学術だ。学術が希薄で技術導入だけやっていても、やがて枯渇するのは明らか。日本の学術が明治から始まったとすれば、150年でようやく花が咲いた」
「基礎を固めるのは時間がかかる。次の150年をどうするのかという視点で考えるべきだ。日本が浮上するために、かなり思い切ったことをやらないといけない。もっと徹底的にしっかりとした学術を育てないといけない」
■基礎研究増が重要
――11月、安倍晋三首相が出席した政府の会議で基礎研究費の増額を要望しました。
「政府は出口を強調しすぎだ。政治家が短いタームで成果を求めるのは世界共通。だからこそ、あえてしっかりと基礎をやらないといけない」
「文部科学省の科学研究費補助金(科研費)は研究者が自由な発想で研究できる予算で、基本中の基本だ。しかし過去10年で科研費は少しずつ減っていることに驚いた。科研費の増額がなにより重要だ」
――近年は目的指向型の大型予算が増えています。
「目的が決まった研究費はイノベーションを生むお金の使い方ではない。研究者を型にはめてしまうため、とんでもない発想を生み出せないからだ。がん免疫薬につながったPD―1遺伝子の研究も自由な発想から始まった。最初からがんに効くと考えた人は誰もいなかったが、結果的にイノベーションを起こした」
「近年は特に研究費のバランスが型にはめる方向に寄りすぎており、問題だ。もっと自由にやらせる方向に比重を持ってこないといけない」
――若手研究者を支援する基金の構想を掲げています。
「基金を京都大学に立ち上げ、生命科学や医学の若手研究者の自由で独立した研究を支援する。ノーベル賞の賞金を手にしたらすぐに基金に入れられるように、大学と準備を進めている。基金名は『本庶佑有志基金』などを検討中だ」
「小野薬品工業と米ブリストル・マイヤーズスクイブのがん免疫薬の売り上げから一部を基金に入れるように要望している。治療薬の売れ行きは年数兆円単位に伸びる予測もあり、積み上げれば基金規模1000億円は法外な数字ではない」本庶佑 京都大学特別教授
■企業、目利き育成を
――イノベーション創出に向けて産業界に何が必要ですか。
「日本の大企業は政府がつぶさないようにてこ入れするため、新陳代謝が起こらないのは問題だ。米国のトップ企業は若く、新陳代謝が起こっている。森では大木がいつか朽ちて、下から芽が出て新しい木が生える。大木がいつまでもはびこっていたら下に光が届かず、若い芽が育たない」
――受賞決定直後の記者会見で「日本の企業に見る目がない」と強調しました。
「日本の製薬企業は集約が進まず個々の研究開発力が弱いため、目利き力が弱い。自社の研究に金を使わない製薬企業の姿勢は疑問だ。買収してもほとんど失敗する。目利きを育て維持するためにも活発な研究開発が必要だ」
「海外の製薬企業の経営層に医学博士や研究畑の人材が多い。研究や技術の中身をわかった人が経営トップになり目利き力を発揮する。かつては日本の製薬企業も医学博士がトップに就いたが、現在は減り全体の流れが悪い。製薬業界は投資期間が長くリスクが大きいため、目利きが重要だ」
――産学連携に活路はありますか。
「生命科学や医学の分野の産学連携は出口のところで企業が参画し製品にする。大学で既に実になったものを企業が選んで熟成させるようなものだ。企業はもっと上流から研究に関わるべきだ」
「基礎研究は企業が投資できるものではなく、政府が担う。基礎研究の結果として種から芽や枝が出て花が咲きそうな段階に来たら、その後は産業界も費用負担して一緒に応用研究に取り組むべきだ。今の産業界はおいしい果実がいくつかできた段階から初めて金を出す。厚かましい」
(聞き手は岩井淳哉)