藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

管理と解放について

*[ウェブ進化論]管理するのかされるのか。

♫アレクサに「本日の予定は?」と問われて確認す♪

スマートスピーカーが突然「あなたの予定をリマインドできます。何か予定はありませんか?」と話しかけてきた。

これからは自分の意図するしないに限らず、こうした「〇〇できますよ」というネットからの呼びかけはどんどん増えていくのに違いない。

今でもすでに自分たちは「サプリの買い忘れ」とか「炭酸水を切らした」とか「免許の更新が迫っている」とか、日々の予定には押し捲られている状態だ。

 

対外的な確定的な予定はもちろんだが、自分の健康管理についてとか、家族や友人とのケアとか、さらには自分の目標とか…

自分たちの日常はそんな「予定、約束、アポイント、目標」で埋め尽くされているとも言える。

 

「そろそろ衣替えしましょう」とか「友人の誕生日です」とか「〇〇さんの三回忌です」とか覚える必要のあることは増えるばかりである。

こういう「あらゆる期日管理」をコンピューターに任せる、というのは一つの方法になるかもしれない。

 

すべての日程の管理を任せた結果、自分たちは「期日から解放」されるかもしれない。

外部とのあらゆる期日を気にしなくてよく、AI秘書が知らせてくれるのならそれほど解放的な状態はないのではないか、と夢想する。

 

けれど、けれどその代わり、毎日の朝には「あらゆる長短の期日について」毎日聞かせられることになるのだろう。

 

結局自分で自分を管理するのと、他人に管理してもらうのでは、一体どちらが過ごしやすいのだろうか。