藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

これからの話。


ハーバードのサンデル教授の話題が沸騰している。
NHKが取り上げた「これからの正義の話をしよう」以来である。
いま、真正面から「その話」をするところに新鮮さがある。
そして、サンデル教授の確かな「議論のディレクション」によって、曖昧模糊とした「正義」の話はたちまち「あなたにとっての正義はどこまで?」と考えを突き詰めねばならないことになる。
正義の定義が大事なのではなく、そういうことについて「自分なりの尺度を持て」とサンデル氏は説いているのではないだろうか。


イチローの年俸の価値観とか、原爆投下や侵略戦争の責任論など、その「問い」は枚挙に暇なし。
そして、そのやり取りを見ていて思う。

必要なのはやはり「思考」ということである、と。

考えて、考え抜けば、自分なりの答え、というのはおよそほぼ「どんな問い」に対しても出てくるものだと思う。
仕事、とか家族、とか恋愛、とか結婚、とか友情、とかお金、とか。
あまり日常自分たちはそれについて「徹底的に」突っ込んだ考えを追求しない。
だから憲法第九条についても、ボヤっとした意見をいつも眺めている感じだ。


サンデル教授の司会、ディレクションを見ていて感じたことはただ一つ。
「だったら、これはどう思う?」という、発言者の立場にたちつつ、最高の「対戦者」としての刺激があるのである。

「あなたにとっての正義がそれでいいなら、目の前で溺れそうな友人を助ける?それとも見捨てる?」

傍目には意地悪な極論だが、「思考を深める」という時にはこういう設問が不可欠である。
それを考えずに「正義感」を語るのは子供っぽいのである。


サンデル教授の提起するテーマは、「若者特有の価値観や悩み」が中心になっている。

教授の司会能力をもって、ぜひ先進国首脳とハラを割った「これからの経済のの話をしよう」

というのを是非望む。
教授が若者に問うているのと同様かそれ以上に、今の先進国、開発国は「経済成長」に対して懐疑的であり、また執着的である。
議論で導かれてゆくのは、われわれの「独自の価値観」である。
これからの先進各国で、ぜひそのような議論の深まることを望む。


その深みこそが、文化であり、価値観なのである。
うやむやにしてはならない。

サンデル教授、東大で白熱授業 正義について熱く討議

人気の「白熱教室」の日本出前授業が実現した。米ハーバード大で空前の履修者数を誇るマイケル・サンデル教授(57)の来日特別講義が25日、東京大(東京都文京区)で開かれた。
身近な題材から問いを投げかける有名な対話型講義に聴衆が積極的に参加し、本家さながらの熱い討議が繰り広げられた。


教授の講義を今春から放映したNHKが教授を招き、東大と共催した。
本郷キャンパス安田講堂には、東大生約300人のほか、10倍の応募から選ばれた一般枠の500人も参加した。
講義は同時通訳され、質問や討論には日本語と英語が交じった。


テーマは「Justice(正義)」。教授は教壇の前を縦横に歩き回り、「イチローの年俸は米国の大統領の42倍、日本の教師の平均所得の400倍。これは公正?」と質問。


ある女子学生が「イチローの活躍はチームに支えられてのもの。額が多すぎる」と持論を話すと、教授は「大統領も閣僚やチームがいるよ」と切り返す。女子学生は「野球は娯楽。
オバマの仕事の方が重要」と再反論。
多額収入者への課税の是非に話が及ぶと、男性が「個人が努力で得たお金を国が再分配するのは権利の侵害」と声を上げた。


戦争責任の話題も盛り上がりを見せた。「日本は東アジアに謝罪すべきか」「オバマ大統領は広島・長崎への原爆投下に責任があるか」との問いには、会場が真っ二つに。
「祖父の世代の行為に責任はない」「生まれる場所は選べないのに、謝罪を強制されることには納得がいかない」との発言が飛ぶと、「前の世代を土台にして今の世代がある。当然責任がある」。
2時間の予定が1時間半近くオーバーする白熱ぶりだった。


サンデル教授は「日本人はシャイと聞いていたが、本当に真剣なやり取りが交わされ、感動的だった」と話した。


サンデル教授の講義は日本でも今春から「ハーバード白熱教室」と題して連続放映され、大きな反響を呼んだ。
講義をまとめた「これからの『正義』の話をしよう」の翻訳本は30万部を超えるベストセラーになっている。今回の特別講義は10月下旬以降にNHK教育テレビで放映予定という。