藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

狙いと効果のずれ。

菅首相が「炉心溶融をしっていたのではないか」と吊るし上げをくっている。
政権が変わってから一番がっかりするのがこの類の末節の議論である。
もし首相がもっと事前に知っていたのなら、そりゃその情報は公開せねばならない。
けれどここ最近の「水を止めたのは首相ではないか」とか「私は核暴走する、とは発言していない」とかあとあとの揚げ足取り、犯人探しに終始する様子は残念でならない、と思うのは自分だけではないだろう。


ちょうど半年も前、子供手当の額の増減とか、支給対象とか、時期とか配布方法とか、「配布しない人たちの決め方」とかなんだかんだで、まるで子供がお菓子を分け合う相談をしているようだ、とは当ブログにも実に多く寄せられたコメントであった。
レベルはそれとまるで同じである。

犯人探しの効用。

確かに「するべき時にするべき情報公開」を怠ったのであれば、それは責められ、責任を問われてよい。
だがそれは政府広報が窓口となり、担当者がきちんと事実関係を整理して発表し、またマスコミなどがそれを監視し、追求してゆけばよい。

目標は、内閣の「体質改善」とか「再発防止」がすべてであろうと思う。

「あの時に、あんな間違いをしやがったからもっと追求してやろう」と言う態度はそれよりも大事なことを後回しにしていると思うのである。


今は復興と補償についての問題が山積している。
補償の支給開始は夏になる、とか仮設住宅を手当てしたその後についてはノープラン、ではあまりにも情けない。


被災地の人へも、非被災地の人へも、「政権党が責任をもって"国民に話す"」というスタンスでこれからの枠組みについて考え、重厚に語ってもらわねばならない。
一部の担当者が「東電債権者の銀行は債権放棄を」などと"欲しい飴玉"だけを口走るとロクなことがないと思う。

なぜ天災と人災の合わさった今回の事態に債権を放棄するのか、
そもそもその後復興の財務の方針はどのようになるのか、
ギャップのある部分はどこを新法で対応するのか、

またしても議論が浅薄に、しかも「あらぬ方向」へ向いている。
これは与党と共に、野党にも責任が大いにある。
自民党は、談合や癒着しながらもインフラ整備の経験者は数多い。
今こそ与党に対し、厳しくも建設的な意見をしてこそ、次の政権もあり得るのではないか。
子供の喧嘩のような題材の国会質疑をみていると、いつ核心の問題に取りかかってくれるのか、非常に気にかかる。


今こそ「政権争い」ではなく、国レベルの提言が必要だし、それをした人が"次のリーダー"なのだと思う。
今の政治は、「よい」と民衆が思えば動きも早い。
有志の政治家の前向きな提言を待つばかりである。

炉心溶融、首相「東電の発表まで知らず」
衆院東日本大震災復興特別委員会は23日、菅首相と関係閣僚が出席し、復興基本法案などの実質審議を行った。

首相は、東京電力福島第一原子力発電所1号機で起きたメルトダウン炉心溶融)を東電が約2か月後に発表したことに関し、自らが事実を隠していたとの見方を否定した。

 審議では、公明党の斉藤鉄夫幹事長代行が、1号機でのメルトダウンについて、「首相は内々知っていたのではないか。隠していたと思わざるを得ない」とただした。

 首相は、「政府が発表している事故に対するいろいろなことについて、国民がかなり不信を持っていることは、責任者として本当に申し訳なく思っている」と陳謝した。同時に、「(原子炉内の)水位が(想定より)ずっと低かったことは、東電の発表までは事実としては聞いていなかった。知っていてうそをついたとか、黙っていたということではない」と強調した。

(2011年5月23日21時52分 読売新聞)