藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

順応力低下。

現代人は体温調節ができなくなりつつあるらしい。
親しい医師に聞くと、「熱中症」というのもその類の疑いが濃いという。
道理で昔は聞かないはずである。
暑さにも適応できず、寒さにも弱い。
そのココロは「体温調節の必要のない環境に住んでいる」ということらしい。

asahi.comのコラムより。

仮にAさんとしよう。数年前まで、すきま風がびゅうびゅう吹く古い家に住んでいた。台所には給湯設備もなかったというから相当なものだ。だが、彼女はその頃、健康で風邪をひいたことがなかった。(中略)

 ところがAさんは、契約更新を機に、オートロック&ウォシュレット付きの近代的マンションに引っ越した。そのとたん、よく風邪をひくようになった。今もひと冬に何度もひきこむ。気密性の高いマンションで暖房をつけていて「熱いなあ」と思って外に出ると、「あら、今日は寒かったのね」と初めて気づくこともしばしばだという。外の空気と隣り合わせだった前の家と違い、外気温がわからないので、外に出ると体がびっくりして風邪をひくのだろう。

そう思って自分も昨年から観察してみた。
部屋の気温は23度〜27度の間でしか変化せず。(エアコンも使っているし)
湿度も25〜40%程度の幅でしかなかった。
つまり「結構な温室」にもうすでに自分たちは暮らしていることになる。
それももう数十年は経っている。

関西にある自分の実家は昭和初めに建った木造屋だが、夏の涼しさはともかく、冬の隙間風は半端ではない。
だが屋内が隙間風に寒いのとは裏腹に、家人に風邪っぴきは少ない。
「ある程度寒暖の差を受け入れて体を慣らす」という方が正しいのか。
少なくとも「外気温・湿度を一定に制御してしまう」という環境は、自分たちの「調節機能」を確実に鈍らせてしまうという面があるようである。

また最近の機密性の高いマンションでは「外が雨ふりかどうか」ということすら判断しにくい。
外部の荒天も、一歩建物の中に入ってしまえば「我関せず」という生活がいつの間にか可能になっている。
ちょっとしたSFの世界である。

日本の誇る発明品の一つ「ウォッシュレット」も賛否両論。
ウォッシュレットに慣れた子供は、それがない環境にゆくとお尻に雑菌が繁殖してしまうのだという。
体も、環境に依存して「緩んでしまうものだ」ということを今一度考えてみることも必要なようである。

歩く、走る、登る、下る、噛む、磨く、暖まる、涼む…そんなためのあらゆる文明の利器は、「その性能を人間の体から退化させてしまう」という側面を持っている。

文明を使いこなすのも、人類の叡智なのである。
「使いすぎないこと」はいずれにせよこれからのキーワードとなる。

大平 一枝さん、小さな家の生活日記「ぬくぬくのゆくえ」より
ぬくぬくのゆくえ
温水洗浄便座付きのマンションに越したばかりという若い女性の興味深い話を聞いた。

 仮にAさんとしよう。数年前まで、すきま風がびゅうびゅう吹く古い家に住んでいた。台所には給湯設備もなかったというから相当なものだ。だが、彼女はその頃、健康で風邪をひいたことがなかった。真冬に水で皿を洗っている姿を見た友だちが「冷たくないのか」と聞くと、「それほどでもないんだよねえ。私の体がこの家に慣れちゃったのかも」と答えたらしい。その友だちは、人の体の順応力の高さに驚いたと言っていた。「だって、私ならあんな寒い日にとても素手で冷水を使ってなんて洗えないもの。ゴム手袋をするか、お湯がないと無理だわ」。Aさんの羨ましいほどの健康体は、この家の賜なのである。

 ところがAさんは、契約更新を機に、オートロック&ウォシュレット付きの近代的マンションに引っ越した。そのとたん、よく風邪をひくようになった。今もひと冬に何度もひきこむ。気密性の高いマンションで暖房をつけていて「熱いなあ」と思って外に出ると、「あら、今日は寒かったのね」と初めて気づくこともしばしばだという。外の空気と隣り合わせだった前の家と違い、外気温がわからないので、外に出ると体がびっくりして風邪をひくのだろう。

 私も築50年余の木造日本家屋に住んでいたので、Aさんの状況がよくわかる。寒い家に暮らすと、体も寒い家に慣れる。さらに、家は何も守ってくれないので、自分で自分の体を養生するようになる。小さな体の信号も見逃さず、生姜湯を飲んだり室内でもマフラーを巻いたり。その結果、風邪をめったにひかなくなる。

 だが、その私でさえ想像したことのない体の変化をAさんは今、身をもって体験している。温水洗浄便座のないトイレに入ると、お尻がよく拭けないと言うのだ。

 びろうな話で甚だ恐縮だが、Aさんの前の家は温水どころか、椅子もない和式だったので、しっかり座り、下半身のバランスをとりながら、後ろに手を回してしっかり紙で拭く。単刀直入に言えば、温水洗浄便座だとそれほど力を入れて拭かなくても清潔が保てる。しかし、Aさんの勤務先のトイレには温水洗浄便座がない。そのトイレで用を足すと、後ろに腕が上手く回らず、指先までうまく力が入らず、とても拭きにくいということに気づいたそう。腕や胸の筋肉が退化しているのだ。

 人は、厳しい環境に置かれれば厳しさに順応するし、ぬくぬくとした便利で楽な環境に置かれれば、体もぬくぬくに順応する。

 もうひとつ、こんな話もある。

 高齢の母親と木造2階建ての家に暮らしていた息子が家を建て直した。階段の上り下りがきつかろうと、鉄筋3階建ての家に、奮発してエレベーターをつけた。それからまもなく、母親の足腰が弱くなり、車いすになってしまった。似た話はあちこちで聞くが、なんとも皮肉である。

 寒くて古い家に長年暮らした結果、風邪も引かず健康な体になったとしても、甘い環境に変われば体も甘える。一度できた健康な体の、順応力ゆえの弱さをみせられたようで、私は身震いをした。

 便利で快適な家に住む場合は、電気や設備に頼らず、できるだけ自分が動くような暮らし方をして、”少し不便”にするくらいがちょうどいいのだ。