藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

目を持つ機械の時代。

日経「AIは何をもたらすか(上)」より。
((下)の記事はAIを「汎用と専用」に分けていて、これも面白い。)

(現存するすべての生物の大分類が出そろった、ということの)
原因については諸説あるが、古生物学者のアンドリュー・パーカー氏が提唱したのが、眼の誕生が原因とする「光スイッチ説」だ。

「つまり眼の誕生により生物の生存戦略が多様化し、多くの種類に分かれた」という。
なるほどー。
何でもセンサーの昨今だが、目とか画像とかの役割はさらに凄いらしい。
機械が生命を持って動き回る、という風にはならないだろうが、少なくとも「正確な人真似」はできそうである。

ディープラーニングはここ数十年の研究の蓄積を事実上帳消しにした。
細かい理論を抜きに、入力と出力をつなげ、多くのデータで学習すれば精度が上がるという破壊的なイノベーションをもたらした。

確かに「目を得た機械」がばくばくと画像を取り込み、凄い速度で処理して行けば、その分野では達人のようになるようすは想像に難くない。
筆者の松尾さんは、「日本の経営層がそういうことを分かっていないこと」と
ゆえに人材育成が追いついていないことに警鐘を鳴らす。

自分たちも「目を持つ機械」の跋扈する世界をもう少しリアルに想像しながら今後の仕事のことなどを考えねばならないな、という気にさせられた。
(つづく)

AIは何をもたらすか(上)「眼の誕生」、産業構造を一変 ものづくりの資産生かせ 松尾豊・東京大学特任准教授
 5億4200万〜5億3000万年前、地球の46億年の歴史からみると極めて短い間(カンブリア紀)に、現存するすべての生物の大分類が出そろった。原因については諸説あるが、古生物学者のアンドリュー・パーカー氏が提唱したのが、眼の誕生が原因とする「光スイッチ説」だ。

 それまでの生物には高度な眼がなく、ぶつかると食べる、ぶつかられると逃げるというように、緩慢な動作をするしかなかった。しかし眼ができると捕食の確率が大きく上がる一方、逃げる側も見つかったら早く逃げる、見つからないように隠れる、擬態するなど様々な戦略が生まれた。つまり眼の誕生により生物の生存戦略が多様化し、多くの種類に分かれたというのだ。

 人工知能(AI)の分野ではディープラーニング(深層学習)という技術により、ここ数年、画像認識の精度が急激に上がった。換言すればコンピューターに眼ができたということだ。今後、機械やロボットの世界で「カンブリア爆発」が起きる。眼をもつ機械・ロボットは圧倒的に高性能で多種にわたる(表参照)。

 カメラに内蔵されるイメージセンサーは人間の網膜にあたる。人間は網膜で受けた信号を、脳の後部にある視覚野で処理をすることで見えている。ディープラーニングは視覚野の部分の処理にあたると考えてよい。イメージセンサーディープラーニングが組み合わさり、ようやく機械の眼が見えるようになった。

 眼のもたらす情報量は圧倒的だ。眼をもつ機械・ロボットは今後、新たなカテゴリーの産業として社会の中で使われるはずだ。既に機械化されているタスク(業務)の少なくとも数倍以上が自動化・機械化される。その市場規模は、今の機械・ロボット市場の比ではないほど巨大だろう。

 眼をもつ機械の誕生は、ディープラーニングとものづくりの融合による大きな産業の変化をもたらす。その中で世界的なキープレーヤーに名乗りを上げるのはネット界の巨人ではなく、機械やロボットを扱うメーカー、農業や建設、外食産業の企業だと筆者は考える。インターネットのイノベーション(技術革新)が米シリコンバレー向きだったのと比べると、機械やロボットが活躍する今回のイノベーションは、はるかに日本企業向きであることは間違いない。

 米国やカナダ、英国そして中国のAI、特にディープラーニングの分野での技術革新のスピードはすさまじい。中国はもはやAI先進国だ。ものづくりの融合領域でも中国とドイツの連携は脅威だ。このままでは日本向きの大きなチャンスを逃しかねない。日本は正しく早く動かねばならない。筆者はもう3年もこのことを指摘しているが、その焦りは日に日に増している。

 AIを活用する事業では、技術への再投資の仕組みをいかにつくるかが重要だ。米グーグルや米フェイスブックは巨大なデータをもち、多くの実験をすることで検索精度を向上させられる。その結果、ユーザー増→データ増→収益増→実験増の循環に入る。いったんこの構造ができると、誰も太刀打ちできなくなる。

 技術から収益を生み、それを技術に再投資するサイクルをつくらなければ、この競争には勝てない。AIの技術が独占的になりやすいのは、着想から実装、実験までの期間が驚くほど短いからだ。場合によっては数日から数時間単位で、実験を繰り返せる。

 AIの産業では、再投資の仕組みを最初につくったプレーヤーが瞬時に参入障壁を築き、独占的なポジションを得やすい。医療画像を扱う医療機器や産業用ロボットの世界では既にこうした動きが始まっている。眼をもつ機械というイノベーションの果実を得ようと思えば、一刻も早くディープラーニングを使った製品を世に出すことだ。

 ディープラーニングはここ数十年の研究の蓄積を事実上帳消しにした。細かい理論を抜きに、入力と出力をつなげ、多くのデータで学習すれば精度が上がるという破壊的なイノベーションをもたらした。この技術に付いていけているのは基本的に20代後半から30代の若い研究者・技術者だ。

 大きな付加価値をもたらすこれらの人材は世界中の企業から引っ張りだこだ。自動運転技術者の報酬は平均30万ドル程度、チームリーダークラスになると数百万ドルにもなる。しかし国内ではディープラーニングに習熟した人材でも、給与水準はほとんど変わらない。その理由は2つある。

 一つは企業が事業計画を真面目に立てていない。眼をもつ機械がどういう変化をもたらすのか、きちんと考えている企業が極めて少ない。AIブームの言葉に惑わされ、技術の本質をとらえていない。従ってどうやってもうけるのか、いくら投資してよいのか、経営判断ができていない。

 もう一つは社内の人事制度や給与体系が硬直的で、例外が認められない。日本の年功序列は根強い。不思議なのは、日本では設備投資なら高いものでも買えるのに、人には高い給料が払えないことだ。

 ディープラーニングは極めて真面目な技術だ。数学の知識とプログラミング能力が必要で、理系の優秀な若者に適合する。企業間取引が中心なので、精度を上げる努力を続ければよく、マーケティングのセンスや顧客ニーズの発掘はほとんど必要とされない。給与水準がせめて諸外国の半分まで上がれば、理系の優秀な人材はこぞってこの技術を習得しようとするだろう。

 ディープラーニングとものづくりの関係はファンドマネジャーと資産家の関係に似ている。ファンドマネジャーは投資家から預かった資産を増やし、その利益の一部を報酬として得る。眼をもつ機械における「眼」の部分と「機械」の部分の関係もこれに近い。

 つまり機械やロボット、それをつくる熟練の技など日本企業が培ってきた「資産」を、「眼の技術」を使って大きく増やす。元手となる「資産」があるからこそ、ビジネスを大きく展開できる。高い給与も、資産価値の向上に対する成功報酬ととらえるべきだ。

 眼をもつ機械が特に日本に向いているのは、ものづくりの技術的資産があるからだ。自動車産業はもとより、様々な機械・設備、部品や素材も強い。自動化が難しかった農業や建設、食品加工にもチャンスがある。これらの分野はきめ細かな熟練の技をもっており、レベルも高いからだ。

 外食産業では調理の自動化が進むはずだ。近未来には自動調理機械でのレシピの配信ビジネスが始まり、顔認識技術と組み合わせて顧客の嗜好データを得られる。味の好み、健康状態、アレルギー、宗教などとあわせ、高いレベルの食を提供するというグローバルな食のプラットフォームを築ける。農業や物流、健康医療とあわせた巨大産業が生まれる。その際、最も重要な資産は日本の食文化の高さだ。

 ディープラーニングの技術とものづくりの技術の融合は日本の新しい未来の形を示している。少ない数の若者が、高齢者がもつ技術的・文化的・経済的な資産を最大限生かして活躍する。ものづくりの企業は若者を受け入れ、思う存分、力を発揮できる環境づくりを進める必要がある。

 眼をもつ機械の誕生によるディープラーニングとものづくりの融合は日本のチャンスでもあり、挑戦でもある。少子高齢化が進む中で、新しい国の形を世界に先駆けて示していくことが期待される。

〈ポイント〉
○AIの画像認識精度向上で機械が眼もつ
○機械が活躍する技術革新は日本企業向き
○日本企業、事業計画・人事制度に課題多い

 まつお・ゆたか 75年生まれ。東京大博士(工学)。専門はウェブ工学、人工知能