藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

本筋の政策。

日経「AIは何をもたらすか(下)」より。

AIの話はとかく「バラ色」の楽観論と「失業してAIが主導権を握る」悲観論が極端だ。

それぞれに主張はあると思うが、前提を整理して議論する必要はあるようだ。

汎用AIは研究開発の途上にあり、この世にまだ存在しない。
汎用AIの研究開発をリードする日本の非営利組織「全脳アーキテクチャ・イニシアティブ」は、2030年には実現のめどが立つという展望を示している。汎用AIが実社会に導入されるようになれば、経済に対するインパクトは計り知れないものとなる。人間の労働の大部分が汎用AIに置き換えられるからだ。

自分たちが本当に恐れているのは、記事にもあるように「アルファ碁や自動運転」ではなく「汎用AI」の話だろう。
前回の記事にもあったが、これから「大分岐」と言われる産業革命以降の格差を、再び経験することになるならば、今の政治のような議論ではなく、「人と労働」とか「所得と分配」について新しい視点で考えねばならないと思う。

筆者の井上さんは、仕事がなくなった人にはBI(ベーシックインカム:毎年一定の金銭を全員に配る)が必要だという。

「BIの財源をどうするのか」という問いかけは、そもそも問いの立て方が間違っている。財源は常識的に考えれば増税以外にない。結局のところBIを導入できるか否かは、富裕層が増税に応じるかどうかにかかっている。

結局「そうした再分配が最適解の一つである」ということを、富裕層・既得権益層におもねらずにどう説明できるか。
学会もマスメディアも、キョロキョロしてはいられなくなりそうだ。

AIは何をもたらすか(下)「汎用型」実現で成長加速へ 最低所得保障通じ再分配 井上智洋・駒沢大学准教授

 人工知能(AI)が未来の経済に与える影響について、近年活発に議論されるようになった。AIの議論の際には「特化型AI」と「汎用AI」に分けて考える必要がある。

 特化型AIは一つのタスク(業務)しかこなせない。Siri(シリ)のような音声操作アプリや囲碁AIのアルファ碁など既存のAIはすべて特化型だ。一方、汎用AIは人間のようにあらゆるタスクをこなせる。一つのAIが囲碁をしたり、会話をしたり、事務作業をしたりする。汎用AIは研究開発の途上にあり、この世にまだ存在しない。

 汎用AIの研究開発をリードする日本の非営利組織「全脳アーキテクチャ・イニシアティブ」は、2030年には実現のめどが立つという展望を示している。汎用AIが実社会に導入されるようになれば、経済に対するインパクトは計り知れないものとなる。人間の労働の大部分が汎用AIに置き換えられるからだ。

 特化型AIは特定の職業やタスクを代替するにすぎず、質的にはこれまでの機械と変わりがない。だが汎用AIは人間の従事する多くの職業にとって代われる。汎用AIにかかるコストが人間の賃金を下回れば、実際に汎用AIや汎用ロボットが人間の代わりに雇用されることになる。

 そうなると、経済の基本的な生産構造が根本的に覆される。生産構造とは、生産活動に必要なインプット(投入要素)と、それにより生み出されるアウトプット(産出物)との基本的な関係である。

 約1万年前から始まった「定住革命」は、狩猟・採集から農業中心の経済への転換をもたらした。主なインプットは土地と労働、アウトプットは農作物となった。

 次に18世紀後半に起きた最初の産業革命により、英国をはじめとする欧米諸国は工業中心の経済に転換した。主なインプットは機械(資本)と労働、アウトプットは工業製品となった。筆者はこうした経済を「機械化経済」と呼んでいる。いわゆる産業資本主義のことだ。

 機械化経済に転換した欧米諸国は、1人あたり国民所得が年々増大するような上昇路線に乗り、日本を除くアジア・アフリカ諸国は、国民所得がむしろ低下するような停滞路線に陥った。諸国間の経済的な大きな開きは、経済史の分野で「大分岐」といわれる。

 機械化経済は、キャッチアップの過程では日本の高度経済成長期のように10%を超える高い成長率を実現するが、先進国に追いつき成熟を迎えると2%程度の低い成長率しか得られなくなる。このままでは、日本で再び高度経済成長期のような高い成長率が実現することはない。

 だが汎用AIの出現は、成熟した国々の経済成長に関する閉塞状態を打ち破る可能性がある。汎用AIを含む機械のみが直接的な生産活動を担うようになれば、インプットは機械のみとなり、人間の労働は必要なくなる。そうした経済を筆者は「純粋機械化経済」と呼んでいる。

 この経済でも、新しい商品の企画・開発や生産活動全体のマネジメントなど、間接的には人間も生産活動に関わり続けるだろうが、以下の結果に変わりはない。純粋機械化経済について数理モデルを作って分析すると、成長率自体が年々上昇するという結果が得られる。成熟した機械化経済では、年々ほぼ一定率で1人あたり所得が成長していくが、純粋機械化経済では成長率自体が年々成長していく。

 従ってもし汎用AIを導入し生産の高度なオートメーション化を進める国とそうでない国があれば、図のように成長率に大きな開きが生じる。未来に起きる可能性のあるこの分岐を、筆者は「第2の大分岐」と名付けている。

 ただし、図の上昇路線については供給側の要因しか考えていない。純粋機械化経済であっても、需要制約により成長が伸び悩むどころか、経済全体がシュリンク(縮小)する可能性がある。というのも、汎用AIなどの機械のみが働く無人工場を所有する資本家が高い収益を得る一方、多くの労働者が失業して所得を得られなくなるために消費需要が減少するからだ。

 それを回避するには「ベーシックインカム基本所得、BI)」のような大規模な再分配制度が必要だ。生活に最低限必要な所得を国民全員に保障する制度である。例えば毎月7万円といった一定額のお金を国民全員に給付する。

 BIは夢物語ではなく、既にいくつかの欧米諸国で地域を限定した実験が実施されている。フィンランドでは政権与党が導入を目指しており、試験段階にある現在の給付額は約7万円である。

 日本で毎月7万円を国民全員に給付するには、それにより不要となる生活保護や失業手当などの社会保障費を削減するとともに、所得税率を一律25%程度引き上げなければならない。これは平均的な国民にとってはほとんど負担にならない。国民の負担を考える際には、単なる増税額でなく、給付額と増税額の差し引きに注目すべきだからだ。

 おおざっぱに言うと、中間所得層では差し引きはおよそゼロとなる。貧困層では給付額の方が多く、富裕層では増税額の方が多くなる。BIは他の一般的な社会保障制度と同様に、富裕層から貧困層への所得の再分配をもたらす。

 「BIの財源をどうするのか」という問いかけは、そもそも問いの立て方が間違っている。財源は常識的に考えれば増税以外にない。結局のところBIを導入できるか否かは、富裕層が増税に応じるかどうかにかかっている。

 BIは労働に対するインセンティブ(誘因)が失われにくいという点で、生活保護や失業保険といった既存の社会保障制度よりも優れている。従ってできる限り早く導入されるべきだが、純粋機械化経済が実現した後ではこの制度は単に望ましいだけでなく、必要不可欠なものとなる。多くの労働者がBIなしに生活を維持できなくなるからだ。

 こう主張しても、富裕層の増税に対する理解は得られないかもしれない。それでもAIが高度に発達した未来に大規模な再分配がなされなければ、富裕層の所得も減少するということならば、ある程度納得せざるを得ないだろう。

 加えて、純粋機械化経済ではBIの実施は一層容易になる。こうした経済に至ると年々成長率が上昇していくような爆発的な経済成長がもたらされるので、得られる税金も爆発的に増えていくからだ。

 税額の増大に合わせて給付額を増やすこともできる。未来には月7万円のような最低限の給付額にとどめておく必要はない。もし所得の一定率、例えば25%をBIに充てるというルールを採用した場合、経済成長率と同じような率でBI給付額は増大していく。

 過度のインフレに陥らないように気を付けなければならないが、こうしたルールに基づいて給付額を増やしていくことはおそらく可能だろう。こうしてBIを拡充させることにより、AIの発達により訪れる途方もなく実り豊かな経済の恩恵を、一部の人々ではなくすべての人々が享受できるようになるはずだ。

 もしBIのような社会保障制度がなければ、多くの人々にとって未来の経済は、雇用も所得も得られない暗たんたるものとなる。BIなきAIはディストピア(反理想郷)をもたらしかねない。しかしBIのあるAIはユートピアをもたらすだろう。

○30年には汎用AI実現し労働の大半代替
○純粋機械化経済では成長率が年々高まる
ベーシックインカムなきAIは悲劇招く

 いのうえ・ともひろ 75年生まれ。早稲田大博士(経済学)。専門はマクロ経済学