ビジネス界の世界史通といえば出口さん。
歴史作品も読んでいて面白いけれど、これを「文脈のうねり」という視点で見たらさらに面白い。
チャンチャンバラバラもいいが、「これは情報操作だな」とか「これは長い目で見て兵站確保か」とかいう部分にだけ注目してみるとずい分違った作品に見えてくる。
そしてその作戦が「なぜ」出てきたのかを考える。
単なる功名目的などはむしろ少なく、貧困とか、民族のサバイバルとか、遺恨とか。
戦いは戦いを生む、というようなことにも気づく。
それはともかく。
結局、文脈で勝負しようと思ったら、極端な話ですけれど、特ダネなんかもういらないということになるんです。
勝負どころはスピードじゃないからです。
これは新聞やテレビに限った話ではない。
自分のことだ。
飛び交うニュースが瞬時に共有される。
めちゃくちゃ頻繁に「端末」に触れている自分がいる。
(つづく)
ネット生保会社の創業者が見るジャーナリズム〜出口治明氏(前編)
60歳でネット生保会社を開業
- (前略)
加えて、ネット時代になると、一般の人が情報を発信ができるので、世界中の人が全部メディアになった。今までは、自分がメディアになろうとすれば、自費出版するとか、ビラを印刷するといった手段しかなくて、コストも高かった。発信のコストが非常に下がってしまったという特長をネットは持っています。
一言で言えば、時間と空間の圧縮と、発信手段の廉価な提供。そのようにネットを定義したら、それはそれでとてもいいものですよ。その上で既存のメディアと比べたら、やっぱりネットの特長は安い、速い、ということです。何で速いかといえば、新聞社には記者がいて、デスクがいて、校閲や紙面レイアウトの担当がいて、それで初めて読者に発信するというシステムですよね。
――間違いのない記事を出すためにも、それは必要な手順です。
ところが、ネットメディアは校正がなくてもいいという世界です。現場にいる人が火事を見て、「火事だね」とツイートすれば、世界に瞬時に拡散する。新聞の場合は、火事であっても必ず誰かがチェックしますよね。そうすると、速さという意味では絶対に新聞はネットに勝てない。そして、単にファクトを伝えるだけならば、情報は速いほうがいいに決まっています。
このように考えたら、新聞は文脈でしか勝負できないということになります。このニュースは昨日起こった世界の中で、重要性のポジションはこれくらいだ。ニュースの背景にはこういう事情があった。文脈で勝負するということは、そういうことです。それが、新聞社が持つメディアとしての役割です。
ネットと新聞という二つのメディアをどのように使い分ければいいかと言う答えが、おのずから見えてきます。もちろんネットの世界でも、文脈で勝負する人がぼちぼち現れてきてはいますが、やはり新聞にはかなわないと思います。
2017年11月21日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
ページ: 5新聞記事の質が低下
――今までは新聞記者を通して世の中に情報を発信してきたような知見の持ち主が、ネットを使って自ら情報発信をするようになっていますし、ネットを舞台に活躍するジャーナリストも出ていますね。
ただし、組織として、取材・チェックの2工程を持っている存在はネットの中に見当たりません。2工程を持ってしまったら、確実にスピードは遅くなりますから、ネットでは難しいかもしれない。
――そうなると、新聞社は新聞社の強みを生かしたところで、文脈の中で勝負するしかないと思います。その部分を大事にしなければなりませんが、新聞3紙を購読している出口さんが、「最近は新聞の読み応えがなくなってきた」というような記述をされていたのを読みました。新聞社の「文脈で語る力」が弱くなっているという可能性があるんですか。
日経新聞を読んでいたらわかりますよ。FT(フィナンシャル・タイムズ)を買収したので、時々、日経の紙面でFTの論説を全訳掲載している。あれを見たら、残念ながら日経とFTの論説とでは、かなり差があるといわざるを得ない。
――実業の世界で戦ってきた人の目から見たら、そんなにレベルが違うということですか。
結局、文脈で勝負しようと思ったら、極端な話ですけれど、特ダネなんかもういらないということになるんです。勝負どころはスピードじゃないからです。そして、文脈で勝負したいのなら、デスクや編集者のレベルを上げるしかないです。おそらく、FTのレベルが高いのは、幹部のほとんどがダブルマスター、ダブルドクター(※)だからじゃないですかね。
※ダブルマスター、ダブルドクター=修士号を2つ保有することをダブルマスター、博士号を2つ保有することをダブルドクターという。
スピード勝負は捨ててもいい
- 「リテラシーが高くなければ、ろくな記事は書けない」
――それは、出口さんの持論でもありますね。ちゃんとアカデミズムで教養や知識を学んでから職に就きなさい、というのは。
だって、大学院生が学部生と議論したら、普通は圧勝するわけですよ。それと同じ話ですよね。文脈で勝負しようと思ったら、クオリティーペーパーとしてのレベルで勝負するしかないのです。いっそスピード勝負は捨てて、今までとは違う意味での優秀な記者をそろえていったところが勝つ。
――今までとは違う意味での優秀と言うのは、特ダネ記者や腰の軽い記者ではないという意味ですか。
必要になるのは、今は分析、整理能力ですよ。
――日本のジャーナリズムは現場主義みたいなものが根強くて、人材育成という意味ではアカデミズムとの連携はそれほど進んでいないように思えます。
それについては、もう答えは出ているんじゃないですか。リテラシーが高くないと、いい記事はかけませんよ。体力や取材力だけで勝負するのは、トランプとプロレスをやるみたいな話ですよ。それでは勝負になりません。権力を持っているほうが強いに決まっているからです。少なくともジャーナリズムの歴史が長い欧米を見てみても、ジャーナリズムは、権力に対しては見識で勝負するしかない。「こんなことがありました」「こんな現場を見ました」と報道するだけなら、ツイッターと同じです。
でも、おこったことにはどんな意味があるかというのは、ひとつの出来事を縦横に見て、歴史的な背景や世界的な潮流や、そういうことに対する見識を総動員して、「こう理解すべき」と提示して初めて、ジャーナリズムとしての付加価値が生まれると思うのです。
2017年11月21日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
ページ: 6物事の本質を見失うな
- 勝利を確信し、英国旗を手に笑顔を見せる離脱支持者ら(16年6月24日午前5時12分、ロンドンで)=武藤要撮影
――今のように世の中がこんなに複雑になると、目の前の現象に目を奪われているばかりだと、本質を見失うということですか。
ブレグジット(連合王国のEU離脱)が起こって、トランプが大統領選に勝ったら、みんなが「EUは終わりだ、グローバリゼーションはもう終わりだ」ということを書いている。でも、フランスでマクロンが勝ったら、「ちょっと違うな」と書く。これも見識の問題です。ブレグジットが起こったとき、僕はツイッターで「10年もしたら、またイングランドがEUに戻るかもしれないよね」とツイートしました。そんなのは歴史を知っている人から見たら当たり前なんです。イングランドの一番の歴史上の強敵、ライバルは誰だと思いますか?
――百年戦争のように何度も戦った英仏戦争の歴史がありましたし、フランスでしょうか。
中でも、ナポレオンですよね。イングランドが危機に陥ったのはナポレオンの時ですよ。では、ナポレオンはイングランドを封じ込めるために何をしたか。大陸封鎖ですよ。
――つまり、イギリスは島の中に閉じ込められることが一番嫌だと。
イングランドにとっては、大陸との貿易、交易を禁じられることが、死活問題なんです。ナポレオンはそれをわかっていた。だから、大陸を封鎖して、イングランドを倒そうとした。イングランドの外交戦略をみると、強い国が現れそうになったら、常にその相手方について、大陸で圧倒的に強い存在ができないようにしてきたんです。そうやって、どこともうまく商売をできるようにしたのが、イングランドの生きる道だったということがわかる。
EUを抜けるのは、自分で大陸封鎖を行うような行為なので、中長期的にみて、栄えるはずがありません。50歳未満は全部賛成、親EUですよ。若者というか、働いている人はみんなそう。今回のブレグジットは単なる歴史の弾みですよ。
(以下、次号)
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2017年11月21日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun