インターネットが普及しだして(20年前)、どんどん「あらゆる時間差」がなくなり、もうそれもかなり極まったかな、と思っていた。
というかここ20年、ずっと「もう今が最新の進化ではないか」と思っていたが、常に予想は覆された。
VRが出てきて「いよいよここまでか」とまたも思ったわけですが、まったく違う視座もあった。
自分のアバターが現地で実際に動き。
その触感が自分に返ってくるという。
確かに幽体離脱という気がする。
災害現場でも活躍するだろうが、本当に「人の体験」に制約がなくなる可能性がありそうだ。
世界旅行でも、いや宇宙旅行だって遠隔で可能になり。
そうしたら、街中や観光地や山や海や極地は「アバターとして動くロボットだらけ」になるのだろうか。
人は究極には移動しなくなるのかもしれない。
いや、部屋の中では(体を動かして)移動行為はしているから、もう「どちらが移動なのか」を問う意味もなくなりそうだ。
人には辛い単純作業を肩代わりしたり、
世界中から「労働」に参加したり、
瞬間に移動して「その場へ旅」したり。
技術の底はまだ見えない。
5月29日、テレイグジスタンス(Telexistence Inc.)とKDDIによる「遠隔操作ロボット量産型プロトタイプMODEL H」の記者発表でのことだ。
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「このなかで小笠原諸島に行ったことがある人、いますか?」
軽く200人をこえる記者会見場で、テレイグジスタンスの共同創業者兼CEO、富岡仁がステージ上から質問すると、手を挙げたのはわずか3人。
ステージ上で富岡が続けて、こう話す。
「2011年、小笠原諸島は世界自然遺産に認定され、観光資源に恵まれています。しかし、アクセス手段は客船だけで、毎日出航しているわけではありません。所要時間は片道24時間かかります。100kmという距離が小笠原諸島での体験を難しくさせているのです」
富岡が提案したのがTELEXISTENCE TRAVEL。「MODEL H」はKDDIグループの伝送技術を活用。ロボットを自分の「分身」として、遠いところで活動させることを可能にした。つまり、距離や空間を超えて、分身のロボットを通じて、視覚・聴覚・触覚などの「体験」を自分に伝えることができるのだ。2018年夏、このロボットを使って小笠原諸島の体験ツアーを始めるという。
「距離を超えた体験」とは何か?
「MODEL H」の開発段階から密着したForbes JAPANによる特別レポートを紹介しよう。
実は、海外でもテレイグジスタンスに早くから注目し、驚きの声をあげた人たちがいた。話は2年前の2016年8月3日に遡る。
この日、Xプライズ財団のビジョネアーズ・プライズ・デザインというチームがお台場にある日本科学未来館を訪ねた。非公開の研究棟にある一室で、彼らはヘッドマウントディスプレイを装着。手袋をつけて体を動かした瞬間、驚きの声を上げた。「まさに、これだ!」
手を自分の目の高さまで上げる。しかし、目の前に見えるのは自分の手ではない。研究室に置かれた「テレサV(ファイブ)」の手だ。テレサVは「MODEL H」の一代前のロボットである。
ヘッドマウントディスプレイをつけた者が動くと、ロボットも同じ動きをする。ヘッドマウントディスプレイで見る光景は、テレサVの目から見える景色だ。テレサVが「私」を見れば、私の目には「私」が見える。そう、私の身体がもう一つ、ロボットとして存在する。つまり、「私の分身」なのだ。
「動き」「視界」だけではない。ロボットが手で感じる「触覚」が、同時に自分の手に伝わってくる。
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新たな産業を創出する亀を触る感覚や温度が、遠隔で人間にも伝わる
「これが探し求めていたアバターだ!」。感嘆の声を上げるビジョネアーズは、代わる代わるテレサVを自分の分身にしては喜んだ。遠隔地と同じ場所にいるような感覚にさせる「テレプレゼンス」という概念とは違い、触覚や体験を分身と共有する。
言うなれば、幽体離脱し、ロボットを自分の身体とする人間の究極の存在拡張。この概念を、舘翮(たちすすむ)東京大学名誉教授は1980年に発表。それは「テレイグジスタンス」と名付けられた。以来、36年。日本のロボット工学とVR(バーチャルリアリティ)を引っ張ってきた舘教授が開発したのがテレサVだった。
それから約2カ月後、Xプライズ財団はサミットを開いた。財団の目的は、「人類のブレークスルー」だ。これまで有人弾道宇宙飛行コンテストや、海水からの原油回収など、大規模なプロジェクトを開催している。
リンドバーグの大西洋単独無着陸飛行が、人間の移動や観光という新たな領域を爆発的に広げたように、世界規模の賞金レースによって新たな産業を創出する企画だ。
約300人のメンターと呼ばれる投資家、学者、実業家、慈善事業家、芸術家、技術者が集まり、次期賞金レースの候補である9つのテーマを2日間にわたって審査した。このとき実演されたのが、舘教授が開発したテレサVである。
そして舘の研究は、ついに世界的レースの次期テーマになると決定した。これが、つい2年ほど前の出来事だった──。
96社を訪ね歩く
富岡仁が上海の裏通りにある安宿に辿り着いたのは2018年1月である。「相当やばいですよ」と苦笑する彼の宿泊先は、一泊3000円。視察先は、中国で増え始めた無人店舗だ。
「中国に行く前に、日本で96社を7カ月かけて回り、テレイグジスタンスの概念を説明して歩きました。96社のうち、現在1割の企業と話を進めています。スタートアップとしては、かなりの打率と思いません?」
屈託なく富岡が笑う。96社と中国視察。彼らが取り組むのは、私たちの「働き方」のブレークスルーである。彼らの会社設立の経緯はこうだ。
2016年のXプライズ財団の決定により、舘のもとには世界からビジネス化の依頼が殺到していた。世界初を実現させた研究を誰かが量産・普及化させなければならず、事業化は喫緊の課題だった。たまたま舘の研究室に出入りしていたのが、元三菱商事の富岡である。1979年生まれで、テレイグジスタンスの概念を舘が生んだときはまだ1歳だった。
富岡が振り返る。
「僕はもともと甲子園球場の高校野球をVRで生配信できたら面白いなと、VRの事業化を模索していました。VRの話で先生方とお付き合いをしていたら、会社を一緒にできないかと相談されたのです」
17年1月、舘を会長に据えて、テレイグジスタンス社は設立された。ベンチャーキャピタル「グローバル・ブレイン」はKDDIとともに出資を即決。世界中のロボットベンチャーを見てきた同社の青木英剛は、その理由をこう話す。
「理想のロボットは、ドラえもんです。しかし、現在の自動ロボットはまだ赤ちゃん以下のことしかできません。一方、テレイグジスタンスは人間が間に入ることで、人間と同じように完璧に動きます。汎用技術なのであらゆる産業で応用できます」
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エリートを捨てた若者たちもともと舘の概念は、83年に始まった国家プロジェクト「極限作業ロボット」の中核をなす。ロボットは構造化された既知の環境でしか作業ができず、原子力、海洋、石油コンビナートなどでの作業は、人間の判断が必要な局面が多い。そのため、遠隔から知能ロボットを分身のように動かすことを目指したのだ。
エリートを捨てた若者たち
もう一つ、青木が「日本には珍しい勝ちパターン」と言うのは、「経営」である。
「大学発ベンチャーは技術は素晴らしくても、経営人材を会社設立後に入れる例が多く、技術陣と噛み合わずに空回りしてしまう。しかし、テレイグジスタンスは設立時に駒が揃っていて、事業戦略がしっかりしています」
日本人、スリランカ人、チェコ人など多国籍チームでスタートした同社は、「スーパーエリートチーム」として語られているが、むしろ突き動かされるようにエリートを捨てた若者たちと見た方がいい。
日本人の父と台湾人の母の間に生まれた富岡は、生後まもなく父親を病気で亡くしている。「え、それ、書くんですか」と、富岡がたじろいだのは彼の高校中退後にまつわる話だ。高校1年の1学期で「つまらなくて」と、退学届を出した後、16歳の職場としては大胆だが、五反田のキャバクラで皿洗いをしていたという。
「朝帰りの生活を1年ほど続けていると、ある日、母親からカナダにいる親族の結婚式に行こうと言われました。到着した翌日、母は私のパスポートを持って帰国してしまい、『卒業するまで帰ってくるな』と、高校の手続きまでしていたんです」
外はマイナス40度。言葉は通じない。定期的に母親から送られてくる段ボール箱の中身はすべて書籍で、孫正義、本田宗一郎、稲盛和夫ら起業家の本だった。
「暇だから読むんですが、孫さんの本を読むと、俺、何やってんだという気持ちになるわけです」と、彼は苦笑する。母親の計算通りか、その後、アメリカの大学を卒業し、スタンフォード大学経営大学院修士を取得。三菱商事では大きなプロジェクトを動かしてきたが、そうした安泰のコースも「孫正義さん的に言えば、幻想(笑)」と、会社を飛び出したのである。
もう一人、富岡と96社を手分けして回った同社COOの彦坂雄一郎は、世界で戦いたいという思いからプロのサッカー選手を目指していたが、大学4年時に父親が経営していた小さな運送会社が倒産。家庭の事情により、サッカー選手を諦めて、東大大学院、そしてゴールドマン・サックス証券に入社した。が、新人研修が終わった直後に今度はリーマンショックに襲われた。周囲はリストラされたため、嵐のような日常を切り盛りしていく。
「お前は1年で金融業界の20年分を見たと言われましたが、9年続けたとき、テクノロジーの世界で革命が起きているのに、理工学部出身の僕が技術の世界から遠のいている。舘先生の研究を世に出して勝負したいと思ったんです」
彼らはテレイグジスタンスを「輸送革命」と捉えた。「移動をなくして、どこでも働ける」からだ。例えば、南米から日本に出稼ぎに来なくても、工場にテレイグジスタンスを置いておけば、日本が夜の間、昼間の南米から遠隔でロボットに作業させることができる。
普及させるには二つの課題があった。まず、ニーズはどこにあるか。そして、ヒューマノイド型ロボットはコストが高く、商業的に成功させた企業はない。この歴史的事実をどう克服するか、だ。
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ロボットを使った技術の伝承「御社のビジネスエリアではこういうことができます」と、各産業の大手から訪ね歩いてみると意外だった。彦坂が言う。
「正直、クレイジーな話なので理解されないのは仕方がないと思っていました。しかし、自分たちの仕事を変えたいと熱く語る方々は大企業にもいたのです」
災害救助や建設業など危険作業の代替は容易に想像がつくが、例えば、アパレルは華やかな店頭での仕事よりも、梱包を解いたり検品をしたりする倉庫作業の時間が圧倒的に長い。人手不足の悩みは業界ごとに背景が違うことを知った。
ある日、彦坂はKDDIの紹介で、石川県七尾市のエフラボという「日本最大の椅子再生工場」に飛んだ。全国のホテル、結婚式場、劇場、病院、あるいはハワイのホテルからも椅子修理の注文が来る。
「遠方から能登半島への仕事が来るということは、それだけこの職業に就く人が少ないことがわかりました」と彦坂は言う。椅子は滅菌をした後、布地を剥がして分解し、歪みを直し、新たな布地の裁断、縫製、加工と細やかな作業が求められる。エフラボの松井正尚社長が言う。
「もともとこの地域はアパレルの縫製工場が多く集まっていたのですが、生産拠点が中国に移ったことで激減しました。80社ほどあった建具業も6社まで減っています。職人が集まりにくく、50代以上が中心です。若い人の技術習得には時間がかかります。そこでロボットと人間の仕事をうまく使い分けられないかと思ったのです」
テレイグジスタンスは最終的に「ハイブリッドモーションプランニング」というものを目指している。ベテラン技術者の動きをロボットが機械学習で習得していく。そして若い未習熟者の作業をロボットが補正する。つまり、ロボットを使った技術の伝承だ。また、一人の技術者の動きを10台の機械で動かせば、作業量は10倍になる。ロボットの完全自動化はまだ先の課題だが、彼らに見えてきたテレイグジスタンスの核心は、「都市の人口集中の緩和」である。
昨年8月、大分県庁東京事務所の武藤祐治はテレイグジスタンス社を訪れた。「概念を知らなかったので、衝撃でした」と武藤は言うが、彼は富岡と彦坂に面会を重ねるうちに、可能性を広げていく。
最初に武藤が思いついたのは、地方在住の者なら容易に予想できる課題だった。
「大分県は果樹栽培が多く、ブドウ棚はずっと上を見ながら摘む作業があります。ハウスみかんなどビニール栽培は、夏になると、過酷になります。高齢化する生産者の負担軽減になると思いました」
東京にいながらテレイグジスタンスを活用した観光体験もできる。「温度が伝わるのなら、温泉に入れましょう」という提案には、彦坂が「水は勘弁してください」と苦笑したが、東京でビラを配ったり、動画を見せたりするよりも、大分を遠隔体験する方が誘客につながるだろう。
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都市の人口集中の緩和しかし、武藤は時間が経つにつれて、別のことを考え始めた。それは「地方は人口減少で人手不足」という課題への疑問だ。県庁で情報インフラを担当していたころ、彼は夕方に退庁すると、障害者施設や引きこもりの家庭を訪ね歩いた。
「情報インフラと言う前に、もっとやることがあるような気がしました。引きこもりの子がいる家庭は予想以上に多く、高齢の親は子どもの将来を心配しています。外出できないのは対人コミュニケーションが原因です。環境を用意することが重要ではないかと思うようになりました」
発達障害や身体障害がある人たちにも話を聞くと、社会参加を望んでいる。しかし、施設の仕事は割り箸の袋詰めのような作業に限定されており、平均月収は2万円ほど。自立にはほど遠い。
「労働力って健常者だけではないと思いました」と武藤は言う。働きたくても仕事に行けない事情がある。大分県内だけでもこうした「潜在的労働力」は放置されたままだ。一体、日本でどれだけの人が置き去りにされているのか。公民館などで作業環境をつくり、大都会の仕事を遠隔でできないものか。つまり、都市と地方から「距離」の障害をなくすことで、「働く」という概念を一気に変えられる。
武藤の話を聞き、富岡と彦坂はこう答えた。「それは、テレイグジスタンスの目指すところです」。
可能性を広げる無人店舗
富岡たちが考えたのは二本立て戦略だった。一つは宇宙事業といった時間あたりのコストが極端に高い、「高負荷・高単価」の仕事である。もう一つが小売りだ。産業の中でもっとも従事者が多く、有効求人倍率も2.6倍(2017年)。しかし、店舗がある地域の人しか働けないため、人手不足が起きている。富岡が言う。
「中国で急速な勢いで無人店舗が増えています。ただ、無人化しているのは決済の部分だけです。入荷、検品、陳列、接客のうち、自動化・遠隔化できるものはもっとあると気づいたのです」
富岡は三菱商事時代、シリコンバレーでファンドを組んでいた習性から、小売りのアイデアを数字にしてモデリングしてみた。「僕の中では大ホームランの発想でした」と言う富岡に、採算は? と問うと、彼はこう答えた。「ありでした」。
小売、旅行、危険作業から社会参加をしたくてもできない人たちの就労や都市の集中緩和まで。「距離」という考えがなくなると、人間の生活はどう変わるのか。この夏、「MODEL H」がまずは「観光」から可能性を切り開いていく。
富岡 仁◎テレイグジスタンス共同創業者兼CEO。スタンフォード大学経営大学院修士。2004年に三菱商事入社。16年にジョン・ルース元駐日大使や米ベンチャーキャピタル「アンドリーセン・ホロウィッツ」のパートナーだったアシュビン・バチレディらとグロースキャピタルファンド「Geodesic Capital」を組成、運用。
舘 翮◎1946年生まれ。東京大学名誉教授、工学博士。バーチャルリアリティを学問領域として確立し、日本バーチャルリアリティ学会初代会長を務めた。ロボティクスと計測制御の国際化に貢献し、国内外の賞を数多く受賞している。